実話が衝撃的…史実を基にした日本の戦争映画は?(2)飢餓により精神崩壊…徹底したリアル志向で描く生き地獄

text by 阿部早苗

2025年は、終戦してからちょうど80年という節目の年にあたる。戦争は、無惨にも多くの命と多くのものを奪った。それは決して忘れてはいけないことであり、二度と繰り返してはいけない。そこで今回は、実話を基にした日本の戦争映画の名作を5本セレクト。内容とともに、作品が強く訴えるポイントを紹介する。第2回。(文・阿部早苗)

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『野火』(2015)

塚本晋也
塚本晋也【Getty Images】

監督:塚本晋也
脚本:塚本晋也
出演者:塚本晋也、森優作、中村達也、中村優子、リリー・フランキー

【作品内容】

 第二次世界大戦末期のフィリピン戦線。結核を患った田村一等兵(塚本晋也)は部隊を追放され、野戦病院でも受け入れを拒まれる。行き場を失い、レイテ島の灼熱の中を空腹と孤独に耐えながら彷徨う田村は、やがてかつての仲間たちと再会を果たすが…。

【注目ポイント】

 2014年に公開された塚本晋也監督の映画『野火』は、第二次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島を舞台に、飢えと死の極限に直面しながらさまよう日本兵の姿を克明に描いた衝撃作である。飢餓、孤独、仲間の死、そして人間性の崩壊――。この作品が浮き彫りにするのは、戦争という極限状態がいかに人の倫理と理性を破壊していくかという厳然たる事実である。

 物語は、肺病を患った一兵士が軍から見放され、フィリピンの密林を放浪するというシンプルな構成だ。しかし、食料も水も尽きた中で、彼は生き延びるために人としての尊厳と本能の狭間で葛藤し続ける。人間の姿を保てる限界とはどこなのか。自然の中にたった一人で投げ出された兵士が徐々に壊れていく過程は、戦場が人の心に及ぼす凄まじい影響を生々しく伝えている。

 原作は、戦後文学の金字塔とも称される大岡昇平の同名小説。大岡自身が戦争中にミンドロ島で従軍・捕虜生活を体験しており、その記録を『俘虜記』としてまとめている。本作『野火』は、その延長線上にある作品であり、レイテ島の収容所で大岡が聞き取った壮絶な証言――飢餓による精神崩壊や人肉食の存在――を元に綴られている。

 塚本監督は、この重厚な原作を真正面から受け止め、徹底したリサーチと実践的な準備を重ねて映像化に挑んだ。監督自身が主演を務め、限られた予算の中でも、その地獄のような戦場を鮮烈かつ生々しく再現。エンターテインメント性を排除し、あくまでもリアリティと倫理性を重視することで、観る者に強烈なインパクトを与えている。

 戦争における加害性と被害性、その狭間で人が人であり続けることの困難さを痛烈に突きつけてくる『野火』は、単なる反戦映画ではない。これは、人間の尊厳とは何か、命をつなぐとはどういうことかを深く問う、静かでありながら苛烈な魂の記録である。

(文・阿部早苗)

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【了】

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