実話がエグい…本当にあった凶悪事件をモデルにした邦画(5)戦後最悪の化学テロ…実行犯たちの心の闇とは?
スクリーンに映し出される凶悪な殺人事件。それがフィクションではなく、実在の犯罪者や事件を下敷きにしていたと知ったとき、観る者の心に残る余韻は一層深くなる。今回は、日本犯罪史に実在した“殺人鬼”をモデルにした邦画作品を5本セレクト。単なるサスペンスやホラーでは終わらない、人間の心の闇に迫る名作を紹介する。第5回。(文・阿部早苗)
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カルト教団が残した傷と記憶に迫る異色の群像劇
『DISTANCE ディスタンス』(2007)
監督・脚本:是枝裕和
出演者:ARATA(現・井浦新)、伊勢谷友介、寺島進、夏川結衣、浅野忠信、りょう
【作品内容】
カルト教団が起こした殺人事件の加害者遺族4人は、毎年湖で手を合わせていた。ある年、乗ってきた車が消え、同じくバイクを失った元信者の青年と出会う。彼らは信者が暮らしていたというロッジで、過去と向き合いながら一夜を共にする。
【注目ポイント】
是枝裕和監督の映画『ディスタンス』は、世界を震撼させたオウム真理教事件にインスパイアされた、カルト教団が残した傷と記憶に迫る異色の群像劇である。
オウム真理教は1980〜90年代にかけて活動し、殺人や拉致、薬品製造といった凶悪事件を引き起こしてきた。特に1995年の地下鉄サリン事件では、東京の地下鉄に猛毒のサリンを散布するという前代未聞の蛮行を働き、「戦後最悪の化学テロ」として社会を震撼させた。
『ディスタンス』では、架空の教団「真理の箱舟」による無差別殺人事件の加害者となった元信者たちの遺族が描かれる。彼らは遺灰が沈められた湖を訪れ、静かに手を合わせる儀式を毎年続けていた。ある年、元信者の坂田(浅野忠信)との偶然の出会いをきっかけに、信者たちが暮らしていたロッジで一夜を過ごすことになる。
本作は、カルト事件に対する根源的な問い――「なぜ非現実的な教義を信じ、人を殺すのか」といった疑問や、「自分がその立場だったら」といった想像を観客に投げかける。
特に、加害者遺族の勝(伊勢谷友介)が坂田に「事件を止められなかったのか」と問うシーンで、坂田が「あそこにいなきゃわからないことがある」と返す言葉は、当事者にしか見えない世界と、他者との埋められない距離(ディスタンス)を示している。
事件そのものの直接的な描写を避けつつも、社会に残る見えない傷と“心の距離”に真正面から向き合った本作は、誰の中にもある危うさを静かに炙り出す。『ディスタンス』は、記憶と対話を通して私たち自身の中に潜む問いを照らす作品といえるだろう。
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【了】