プロが選ぶ「本当に面白い2020年代の邦画」は?(2)魔法のような素晴らしさ…世界が絶賛する理由は?
コロナ禍によって制作も興行も多大な影響を受けた2020年代初頭の日本映画界。それでもなお、静かな余韻を残す名作や、社会の本質を射抜く秀作が次々と誕生した。今回は、2020年以降の日本映画の中から、映画通も唸る“本当に面白い”作品を5本セレクト。ジャンルもテーマも多彩な傑作を紹介する。第2回。(文・村松健太郎)
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『ドライブ・マイ・カー』と並行して撮られたもう一つの傑作
『偶然と想像』(2021)
監督:濱口竜介
キャスト:古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森森郁月
【注目ポイント】
2021年、村上春樹の短編小説を原作にした映画『ドライブ・マイ・カー』(2021)で、主演・西島秀俊、監督・濱口竜介という布陣のもと、国内外で高い評価を獲得した濱口監督。同作は第74回カンヌ国際映画祭にて脚本賞を受賞し、第94回アカデミー賞でも国際長編映画賞に輝くなど、世界的に注目を集めた。
そんな濱口監督が、『ドライブ・マイ・カー』(2021)と並行して撮影していたのがもう1つの作品『偶然と想像』(2021)である。コロナ禍による制作スケジュールの変動が結果的に2作の同時進行を可能にし、『偶然と想像』もまた、2021年ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞。濱口竜介にとって、この年が飛躍の年であったことを証明することとなった。
映画は3つの短編からなるオムニバス映画で『魔法(よりもっと不確か)』と題された1本はファッションモデル芽衣子(古川琴音)と撮影スタッフのつぐみ(玄理)とのタクシー内での会話がベースになる。つぐみはある夜、若くしてビジネスに成功したハンサムな起業家である和明(中島歩)と出逢う。趣味嗜好があった2人は充実した時間を過ごすことができたのだった。つぐみと別れた芽衣子はあるビルに向かう。
『扉は開けたままで』と題された2幕目は留年した大学生(甲斐翔真)が恨みを募らせてフランス文学の教授(渋川清彦)に仕返しをしようとする。佐々木は同じ大学に通っている奈緒(森郁月)に教授に色仕掛けで迫るように仕組む。
『もう一度』と題された3幕目は女子高時代の同窓会に参加するため仙台に帰郷した夏子(占部房子)は同窓会で巧く立ち回れず落胆する、岐路に着く中でそこで同窓会に参加していなかったクラスメート(河井青葉)と偶然出会う。
500分を超える長尺を圧巻の演出で魅せる『ハッピーアワー』(2015)、東日本大震災が残した爪痕を独特のアプローチでフィルムに収めた「東北記録3部作」と呼ばれる一連のドキュメンタリーなど、濱口作品には三部構成のものが多い。本作では、3つのエピソードをそれぞれまったく異なる演出で描いており、映画作家としての引き出しの多さには脱帽するほかない。
とはいえ、濱口作品の最大の魅力である「言葉の力」が際立つ、という点では3エピソードともに共通している。とりわけ、3幕目『もう一度』では、さりげない言葉の応酬によって、2人の女性のバックボーンが徐々に明らかになっていき、両者の関係性が劇的に変わる瞬間が見事に捉えられており、観ていて文字通り魔法にかけられた気分になること請け合いだ。
演劇作品が作られていく過程(ドキュメンタリー)と妻を失った男の再起(ヒューマンドラマ)、さらには妻の浮気の真相究明(ミステリー)を同時に描いた『ドライブ・マイ・カー』(2021)の重厚さも捨てがたいが、2020年以降の濱口作品のベストを選ぶなら、笑えて、毒味も効いた本作をとりたい。
【著者プロフィール:村松健太郎】
脳梗塞と付き合いも15年目を越えた映画文筆屋。横浜出身。02年ニューシネマワークショップ(NCW)にて映画ビジネスを学び、同年よりチネチッタ㈱に入社し翌春より06年まで番組編成部門のアシスタント。07年から11年までにTOHOシネマズ㈱に勤務。沖縄国際映画祭、東京国際映画祭、PFFぴあフィルムフェスティバル、日本アカデミー賞の民間参加枠で審査員・選考員として参加。現在各種WEB媒体を中心に記事を執筆。
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