心に染みわたる…。「名曲」をテーマにした珠玉の日本映画(5)音楽と映像の美しい融合…詩的かつ生々しい逸品

text by 阿部早苗

名曲に込められた想いが、新たな命を得てスクリーンで物語として立ち上がる。実話や青春、純愛、喪失と再生――音楽の力が物語を導く、心に残る邦画を5本セレクト。モチーフとなった楽曲と映画の魅力を解説する。第5回。(文・阿部早苗)

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音楽とともに響く青春の喪失と再生

『ノルウェイの森』(2010)

松山ケンイチ
松山ケンイチ【Getty Images】

監督:トラン・アン・ユン
キャスト:松山ケンイチ、菊地凛子、水原希子、高良健吾、初音映莉子

【作品内容】

 唯一の親友・キズキ(高良健吾)を自殺で失ったワタナベ(松山ケンイチ)は、悲しみを抱えたまま大学生活を始める。ある日、キズキの恋人・直子(菊池凛子)と再会し惹かれ合うが、直子は心のバランスを崩し入院してしまう。

【注目ポイント】

 音楽が文学や映画にインスピレーションを与えることは少なくない。その中でも、村上春樹の長編小説『ノルウェイの森』は、ビートルズの名曲「Norwegian Wood(This Bird Has Flown)」に着想を得た代表的な作品だ。2010年にトラン・アン・ユン監督によって本作が映画化された際も、この楽曲の独特な世界観と哀しみに満ちた情緒が映像を通じて繊細に再現されている。

 村上春樹自身が『ノルウェイの森』のあとがきで語っているように、小説の着想はまさに「Norwegian Wood」という曲から始まっている。アコースティックギターの柔らかな音色と、どこか冷たく距離を感じさせる歌詞。それが、主人公ワタナベの喪失感や青春の痛みと響き合うものとして物語の核になった。

 この音楽的なモチーフは映画版『ノルウェイの森』にも巧みに取り入れられている。音楽監督にはレディオヘッドのジョニー・グリーンウッドが起用され、全編を通じて静謐で心の奥底を撫でるようなサウンドトラックが紡がれた。「Norwegian Wood」そのものも劇中で重要な役割を果たし、物語の世界をつなぐ媒介として響く。

 本作でワタナベを演じたのは松山ケンイチ。そして彼が出会う直子と緑を演じたのは菊地凛子と水原希子である。

 物語の舞台は1960年代後半の東京。学生運動や社会の変化を背景に、愛と喪失、孤独と再生といったテーマが詩的かつ生々しく描かれる。そこに重なる音楽は、まさに「Norwegian Wood」が持つ切なさと深く共鳴している。

 名曲をモチーフにした映画の中でも本作は音楽と映像、そして文学が美しく融合した稀有な一作といえるだろう。

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【了】

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