プロが選ぶ「本当に面白い2020年代の邦画」は?(4)何にも起こらないのに目が離せない…価値観が変わる名作
コロナ禍によって制作も興行も多大な影響を受けた2020年代初頭の日本映画界。それでもなお、静かな余韻を残す名作や、社会の本質を射抜く秀作が次々と誕生した。今回は、2020年以降の日本映画の中から、映画通も唸る“本当に面白い”作品を5本セレクト。ジャンルもテーマも多彩な傑作を紹介する。第4回。(文・村松健太郎)
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異国の巨匠が切り取った東京の風景
『PERFECT DAYS』(2023)
監督:ヴィム・ヴェンダース
キャスト:役所広司、柄本時生、アオイヤマダ、中野有紗、麻生祐未
【注目ポイント】
ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダース監督が2023年に手がけた最新作『PERFECT DAYS』は、『パリ、テキサス』(1984)、『ベルリン・天使の詩』(1987)、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999)などで知られる彼のフィルモグラフィにおいて異彩を放つ作品でありながら、近年屈指の日本映画として位置づけられる。
本作は、渋谷区が推進する公共トイレの再整備プロジェクト「THE TOKYO TOILET」を題材にした短編オムニバス映画として始動。しかし、日本の公共空間における清潔さや細やかなサービスに深く感銘を受けたヴェンダース監督が、「この題材は長編映画にすべきだ」と提案し、企画が再構成されて1本の劇映画として完成した。
主人公は、渋谷区内の公衆トイレを巡って日々清掃作業に従事する中年の清掃員・平山正木。平山は毎朝まだ暗いうちから仕事に出かけ、公衆トイレをひとつひとつ丁寧に清掃。仕事を終えると銭湯で身体を清め、大衆食堂で夕食を取り、古本の文庫本を読みながら眠りに就く。単調に見える日々の中にも、平山は文庫本探しや植物の世話、写真撮影といったささやかな喜びを見出し、静かで満ち足りた時間を生きている。
「反復と差異」によって、日常の細やかな機微をすくい取ることで、観る者の「感情」ではなく、根幹にある「価値観」に訴求する本作は、ヴィム・ヴェンダースが敬愛する小津安二郎作品の精神性を確かに受け継いでいる。平山が仕事に向かう途中の車内で聴く音楽(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、パティ・スミス、金延幸子)のチョイスも絶妙であり、見慣れた東京の風景を異化する役割を果たしている。
平山が居を構える亀戸のアパート、職場である公衆トイレ、行きつけの飲み屋、銭湯はすべて実在しており、聖地巡りにいそしむ者も絶えない。異国の巨匠によって、東京という街の特異性、魅力に気付かされる経験は、そっくりそのまま映画を観る喜びに他ならない。
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