「バカにしやがって!」原作者がブチギレた名作映画(4)パニック映画の金字塔も…実はすったもんだのトラブル
莫大な予算をかけて製作される海外映画。そのクオリティーは素晴らしく、人々の記憶に残る名作として受け継がれていく。しかし作品としての出来は良くても、原作者の意向を無視して激怒させてしまったという危うい作品もある。今回はキャラクターや脚本の大幅な改変、キャスティング問題などが原因で原作者が激怒した海外映画を5本紹介する。(文・寺島武志)
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半分見えるヒレと迫り来る様子を表す音楽…。
原作から余計な要素をそぎ落とした傑作スリラー
『ジョーズ』(1975)
原題:Jaws
製作国:アメリカ
原作:ピーター・ベンチリー
監督:スティーブン・スピルバーグ
脚本:ピーター・ベンチリー、カール・ゴットリーブ
キャスト:ロバート・ショウ、ロイ・シャイダー、リチャード・ドレイファス、ロレイン・ゲイリー、マーレイ・ハミルトン
【作品内容】
アメリカの東海岸に位置するアミティ島では、夏のビーチで観光収入を得ていた。ある日、1人の女性が薄暗い海に入っていると、突然海の底に引きずり込まれ、数日後に体の一部が浜辺に打ち上げられるという事件が起こる。
検死によってサメに襲われたことがわかり、警察署長のマーティン・ブロディはビーチの閉鎖を要求するが、市長らに海は町の大事な収入源であるとして却下される。しかし、次から次へと犠牲者が出てしまう。
ブロディとフーパー、クイントは人食いザメを駆除すべく立ち向かうが…。
【注目ポイント】
映画好きでなくとも、そのタイトルは耳にしたことはあるであろう同作。当時28歳のスティーブン・スピルバーグの出世作であり、当時の世界歴代興行収入1位を記録。「サメ映画」なるジャンルが確立されたのも、同作の存在があってこそだ。
アカデミー賞で作曲賞、音響賞、編集賞を授賞しただけではなく、日本でもヒットし、同じくスピルバーグ作品の『E.T.』(1982)に抜かれるまで最高興行収入記録作品だった。
ピーター・ベンチリーによる原作は、1974年に出版され、大ベストセラーとなった。スピルバーグの力量を認めていたプロデューサーのリチャード・D・ザナックとデビッド・ブラウンは、出版前に権利を買い、映画化の準備を進めていた。
原作は、ヘンリック・イプセンの『民衆の敵』をベースに、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』などの要素を織り込んだストーリーだった。
『民衆の敵』は、ノルウェーの田舎町で1人の医師が、観光スポットの温泉が、廃水で汚染されていることに気付いたことから、町民と対立し孤立していく物語。医師を警察署長に、温泉の汚染をサメに置き換えたのが『ジョーズ』だ。
そして『白鯨』は、自分の片足を食いちぎったマッコウクジラに報復を果たそうとする船長とそのクルーの物語だ。『ジョーズ』には、サメの捕獲に執念を燃やす漁師が登場する。
プロデューサーとの契約では、原作者のベンチリ―が脚本も手掛けるということになっていた。ベンチリ―は草稿を3本ほど書いたが、スピルバーグを満足させるには至らなかった。
原作では、人食いザメの襲撃を隠蔽しようとする町の勢力にマフィアが絡んでいたり、サイドストーリーとして警察署長の妻と海洋学者の不倫が盛り込まれたりしている。
スピルバーグはこうした要素を不要と判断し、これらのシーンを大胆に削ぎ落とした。あくまで「人間とサメとの対決」にフォーカスするという狙いだ。
原作の最大の見せ場といえば、サメとの対決シーンだ。海に見立てたプールでの撮影を勧められたスピルバーグだったが、リアリティーにこだわったため、ほぼ全てを海上ロケで撮ることにするが、これがトラブルの引き金となる。
ロケ地の島に乗り込み、陸のシーンを撮り終えた後、海上シーンの撮影に挑む。しかし、そのビーチはボートやヨットを楽しむ人々が、常に出入りするスポットだったのだ。撮影隊は人々が姿を消すまで、延々と待たなければならなかった。
海の潮流にも悩まされた。カメラや発電装置、サメの模型などを乗せた船の碇を引きずってしまうため、元の場所に戻すのに時間が掛かったのだ。この繰り返しで、1日に1カット、あるいは全くカメラを回せない日もあった。
そんな状態に加え、全長7メートル、重量1.5トンにも及ぶ機械仕掛けのサメは、最初のカメラテストの日に海面に浮かばせると、動き出すと同時に海底へと沈んでしまう。
度重なるトラブルに見舞われ、撮影中止の危機に襲われたスピルバーグだったが、そこからの巻き返しが凄い。「サメを見せずに、その存在だけを暗示する…とにかく全身は見せない」。若き天才映画作家は閃いた。
かくして、サメの襲撃シーンなどで、そのヒレや尾、鼻先など、一部しか見せない演出となった。映画の後半まで、サメの全貌は一切画面に現れないのである。
『ジョーズ』の成功には、原作からの改変や追加も、大いに寄与している。先にも記した通り、マフィアや不倫といった要素をバッサリと切り落としたのだが、これによって、サメとの対決というテーマが明確となった。
最終的には、サメとの最後の対決シーンを原作から大きく改変したことが、大ヒットに繋がったといえる。スピルバーグは原作者の反対を押し切って、サメと人間の直接対決という最高の見せ場を作ることに成功したのだ。
ところが、上映から30年以上が経った2022年、スピルバーグは『ジョーズ』の製作を後悔していると明かす。
人々にサメの恐ろしいイメージを与えたことで、サメの捕獲を助長してしまったと考えているというのだ。『ジョーズ』公開後にサメ漁が盛んになってしまったことに「残念だ」と語り、「あの映画が原因で、サメの大量殺戮が許されていることに対し後悔している」と続けた。
専門家の分析によると、映画の原作となったベンチリーによる同名小説とスピルバーグ監督の映画により、漁師だけでなく、狩猟者たちの多くがサメを戦利品目的で狙うようになったと分析している。ちなみに原作者のベンチリーは、後にサメの保護活動家となっている。
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