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ツウが厳選…心にズシリとくる邦画の傑作は? 日本の闇映画(3)鬼畜の殺害計画…吐き気をもたらす衝撃的な1本

text by 阿部早苗

テレビをつければ、差別、貧困、虐待にまつわる話題は事欠かない。しかし、ニュースが報じるのは事象のごく一部のみ。社会問題の根っこにフォーカスし、可視化すること。それは映画が果たすべき重要な役割の1つだろう。今回は、日本社会が抱える暗部に鋭くメスを入れた近年の傑作を、5本セレクトして紹介する。(文・阿部早苗)

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【著者プロフィール:阿部早苗】

神奈川県横浜市出身、仙台在住。自身の幼少期を綴ったエッセイをきっかけにライターデビュー。東日本大震災時の企業活動記事、プレママ向けフリーペーパー、福祉関連記事、GYAOトレンドニュース、洋画専門サイト、地元グルメライターの経験を経て現在はWEB媒体のニュースライターを担当。好きな映画ジャンルは、洋画邦画問わず、社会派、サスペンス、実話映画が中心。

障害者施設での殺人実行に至った男の変容を描く

『月』(2023)

俳優の磯村勇斗
俳優の磯村勇斗Getty Images

上映時間:144分
監督:石井裕也
原作:石井裕也
脚本:辺見庸
キャスト:宮沢りえ、磯村勇斗、長井恵里、大塚ヒロタ、笠原秀幸、板谷由夏、モロ師岡

【作品内容】

 重度障害者施設で勤務することになった元作家の洋子(宮沢りえ)は、施設内で入居者に対する心ない扱いや暴力が日常化しているのを目の当たりにする。そんな中、理不尽な暴力がはびこる施設内の状況に憤る青年・さとくんと出会う。

【注目ポイント】

 宮沢りえが演じる元作家・洋子の視点で、後に障害者殺人に踏み切るさとくん(磯村勇斗)を映し出す。洋子の夫役をオダギリジョー、障害者施設の同僚役を二階堂ふみが演じている。

 メガホンを取ったのは『舟を編む』(2013)『町田くんの世界』(2019)『愛にイナズマ』(2023)などを手がけた若手実力派の石井裕也。2016年7月に相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で発生した事件をモデルに描いた辺見庸の小説「月」を原作に、施設で働く若者が凶行に及ぶまでを描く。

 障害者施設で働くことになった洋子は、入居者と向き合う優しい青年・さとくんのような職員がいる一方で、入居者を見下し暴言、暴力を振るっている職員を目撃する。施設内は職員の多くが非人道的な行為を繰り返し、施設長はそれらを黙認していた。

 差別的行為が日常化している中で、入居者に優しさを向けるさとくんに対して同僚は”障害者と同類”とバカにする。

 更に、重度の障害を抱える入居者が糞まみれで自慰行為をする姿を見てしまったさとくんは、自分自身と重ね、葛藤の末に「意思疎通が出来なければ生きてる意味がない」という恐ろしい思想を抱くようになる。正義感や使命感に満ち溢れ入居者と向き合っていた彼が、施設内の障害者を殺害する計画も”世の中のため”に過ぎなかった。

 福祉施設の勤務は、接する相手の状態が重度になればなるほど過酷さを増す。職員のストレスが入居者に向けられるといった最悪な状況は、報道で虐待事件として目にすることもあるだろう。このような報道を見た時、どのように感じるか。「世の中には酷いことをする人間もいるものだ」と、どこか他人事になってはいないだろうか。

 さとくんが、殺害計画を洋子に伝えるシーンでは、施設が抱える深刻な問題が浮き彫りになる。戸惑う洋子の姿は、まるで観客の映し鏡のようだ。スクリーンを見つめる我々もまた、さとくんから問われている。

 物語は、さとくんが夜に施設を襲撃し、翌日のニュースで洋子と夫が事件を知るところで幕を閉じる。観終えた時に、何とも言えない後味を残す作品だ。

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