昭和おじさんがゲイの大学生に出会ったら…。映画『おっパン』が描く“説教臭くない”アップデートのススメとは? 評価レビュー

text by 望月悠木

2024年の「日本民間放送連盟賞」番組部門(テレビドラマ)で優秀賞を受賞した『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』(東海テレビ・フジテレビ系)の劇場版が現在公開中。優しくてユーモアがあり、ときに胸にチクリと刺さる本作の魅力をご紹介する。(文・望月悠木)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】

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日常のなかに潜む“ズレ”を丁寧に掬い上げる『おっパン』

『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
©練馬ジム | LINEマンガ・2025 映画「おっパン」製作委員会

 まず、本作『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』(以下『おっパン』)の概要を簡単に紹介しておきたい。昭和的な価値観を持つ二児の父・沖田誠(原田泰造)が、ゲイの大学生・五十嵐大地(中島颯太)との出会いをきっかけに、これまでの固定観念を少しずつ更新していく姿を描いたホームドラマだ。

 “セクシャルマイノリティ”や“古い価値観”をテーマにした作品は近年珍しくはないが、本作が特異なのは、誠の息子・翔(城桧吏)が男子同士の内輪ノリで女子生徒の容姿を品評することに違和感を覚えたり、妻・美香(富田靖子)が作った食事を家族が“当然のもの”として無意識に消費する構図にモヤモヤしたりと、何気ない日常のなかに潜む“ズレ”を丁寧に掬い上げている点にある。

 わちゃわちゃとしたホームドラマらしい温かさを保ちながらも、登場人物たちの内面は驚くほど繊細に描写されており、特にセクシャルマイノリティの当事者が抱える葛藤には、心を揺さぶられる場面も多い。

 そして何より、本作は決して“古い価値観を持つ人”を断罪するような説教的な姿勢ではなく、誠と同じように「変わる必要がある」と感じる観客に、そっと寄り添ってくれる。

 映画版でもその姿勢は健在だ。たとえば、誠の職場では、若手社員が退職代行を使って突然辞めたことを受け、残された社員たちが各々の“思い当たる節”を省みて自責の念に駆られる描写がある。また、美香が職場で若手を褒めたことに対し、年下の上司・堀田(山崎紘菜)から「最近の若者は人前で褒められるのを嫌がるから控えてほしい」とやんわり注意される場面なども。こうした日常の一コマが、本作らしい繊細さとリアリティをもって映し出されていた。

「変わる」ことの本当の意味と難しさ

『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
©練馬ジム | LINEマンガ・2025 映画「おっパン」製作委員会

 映画では、「好き」という感情が持つさまざまな側面──寂しさや悔しさなど、時に切なさを伴う「好き」も丁寧に描かれていた。鑑賞後には、自分自身の「好き」をより一層大切にしたくなると同時に、他者の「好き」をも尊重しなくてはならないという気づきが自然と芽生える。そんな優しさと気づきに満ちた余韻が心に残る。

 また、ドラマから続く物語として、本作では誠の“アップデート”のその先にも焦点が当てられている。かつての部下・佐藤(曽田陵介)が取引先として現れ、誠にとって過去と向き合う機会が訪れる。佐藤は、かつて誠から“昭和的な価値観”に基づいた指導を受けたことでわだかまりを抱いており、今なお誠を快く思っていない。

 誠は、ただ価値観をアップデートしたからといってすべてが解決するわけではないことを知る。大切なのは、過去の自分とどう向き合い、どう責任を持って進んでいくかということだ。本作では、そんな“アップデートのその先”にある誠の葛藤と成長もしっかりと描かれていた。観る者に、変わることの意味とその難しさ、そして希望を静かに語りかけてくる。

未来に向けたアップデートの必要性

『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
©練馬ジム | LINEマンガ・2025 映画「おっパン」製作委員会

 個人的に最も心に残ったのは、大地の“脆さ”である。劇中、大地はパートナーである円(東啓介)と一時的に離れて暮らすことになる。円が九州の水族館からの応援要請を受けたためだ。

 しかし、2人が別々の自治体に住むことで、「パートナー」であっても緊急連絡先として認められないという現行制度の壁が立ちはだかる。円に会えない寂しさと、自分たちの関係が「家族」として社会的に認められていない現実が、大地の心を深く蝕んでいく。

 いつもは明るく、悩める誠に寄り添い、導いてきた大地。賢さと優しさ、想像力を併せ持った彼は、まさに“理想の人”に見えるかもしれない。だが、映画ではそんな大地が情緒を乱す場面が何度も描かれ、彼もまた迷い、傷つく“ひとりの人間”であることを突きつけられる。だからこそ、「こんな顔もするのか」という驚きと同時に、「こんな顔をさせたくない」というやるせない感情が込み上げてくる。

 そして、そうした苦しみの“元凶”となっている制度そのものへの疑問も、静かに浮かび上がってくる。大地の悲しみに触れたとき、私たちは“個人の価値観”だけでなく、“社会のあり方”そのものにも目を向け、問い直さずにはいられなくなる。これは、社会と人と、未来に向けたアップデートの必要性を、優しく、しかし力強く投げかける作品なのだ。

映画館でこそ感じられる体験を

『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
©練馬ジム | LINEマンガ・2025 映画「おっパン」製作委員会

 ちなみに、ドラマが映画化される際には、舞台を孤島や海外など非日常的な場所に移す手法がよく用いられる。しかし『おっパン』は、あえてその“特別感”を追わない。舞台はドラマと同様に、沖田家とその周辺の日常である。

 それでも、映画館という集中して作品世界に没入できる環境で鑑賞するからこそ、大地の揺れ動く感情により深く寄り添いたくなる。そして劇中の登場人物たちがふと口にする優しい言葉の数々が、静かに心に染み込んでくる。

 何より強調したいのは、この優しさに満ちた物語を “誰か”と共に体験できる豊かさだ。たとえ隣に座るのがまったくの他人であったとしても、同じ空間、同じ時間での体験を共有すること生まれる連帯感や高揚感は、テレビの前では味わえない映画館ならではの魅力である。

 派手なアクションもなければ、感情を煽る大仰なBGMも鳴らない。それでも本作には、映画館でこそ感じられる繊細な熱量がある。ドラマを観ていなかった人にも十分に楽しめる内容であり、登場人物たちの変化と向き合ううちに、私たち自身の中でも小さな“アップデート”が始まっていく。まさに、静かに心を動かす映画体験だ。

【著者プロフィール:望月悠木】

フリーライター。主に政治経済、社会問題、サブカルチャーに関する記事の執筆を手がけています。今知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けています。(旧Twitter):@mochizukiyuuki

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【了】

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