「濱口竜介さんはロマンチスト」東出昌大、役者人生を振り返る。独占ロングインタビュー【後編】『寝ても覚めても』について
2012年の映画デビュー以来、日本映画の最前線に立ち続けている俳優の東出昌大に役者人生を振り返ってもらうロングインタビューを敢行。【中編】では濱口竜介監督の商業映画デビュー作『寝ても覚めても』について。濱口監督との共同作業、原作者・柴崎友香からかけられた言葉など、充実したエピソードをお届け。(取材・文:山田剛志)
「1つのシーンにつき100回以上はセリフを声に出した」
濱口竜介監督との共同作業について
―――前回のインタビューでは、『聖の青春』(2016)と『菊とギロチン』(2018)への出演を経て、役者としての手応えを掴みはじめた、というところまでお話を伺いました。その後、濱口竜介監督の商業映画デビュー作である『寝ても覚めても』(2018)で主演を務めていますね。濱口監督と初めて会ったのはいつでしたか?
「2015年に初舞台(『夜想曲集』)があって、その大阪公演を見に来てくださったんです。その時、楽屋で『寝ても覚めても』の話をされました。それから少し経って、企画がいよいよ始動するっていうタイミングで公開されたのが『ハッピーアワー』(2015)。
その時点ですでに『PASSION』(2008)や『 THEDEPTHS』(2010)、染ちゃん(染谷将太)も出演する『不気味なものの肌に触れる』(2013)などは観ていましたが、『ハッピーアワー』には、とにかく衝撃を受けました。
その後、同作の制作過程をまとめた書籍『カメラの前で演じること』もすぐ読み、そこには『なんで役者って役者っぽい喋り方をするんだろう?』といった、それまで漠然と抱いていた疑問に対する答えに近いものが書かれてありました。そんなこともあり、濱口組に参加することが楽しみで仕方がありませんでした」
―――濱口監督がその後お撮りになる『ドライブ・マイ・カー』(2021)では、チェーホフの「ワーニャ伯父さん」を上演する過程が描かれていますが、そこでは役者がひたすら本読みを繰り返す。これは濱口監督自身の演出と相似しています。『寝ても覚めても』でも本読みは入念になさいましたか?
「かなりしましたね。たった1つのセリフを数日に分けて感情を入れずに声に出す、それを何度も繰り返す。現場入りして本番前の段取りでも棒読み。その後、セッティング中も棒読みでセリフを声に出す。1つのシーンにつきおそらく100回以上はセリフを声に出していると思います。それも監督の前で」
―――本読みの機会を設けない映画監督もいますよね。東出さんは本読みに臨む際、どのようなことを考えていますか?
「本読みの正解っていうのはまだ見えてないんですけど、本読みでできたつもりになるのは役者にとって怖いことだし、本読みの段階で『100%でやってくれ』って言われたら、僕はすごく嫌ですね。
現場に入ったら美術、衣装、共演相手との距離感などによって芝居は変わるわけですから。極端な話、六畳一間で2人きりになって対話するシーンを、広大なリハーサルスタジオで再現しようとしても、声の出し方からして違ってくるわけで。『これだ』といった芝居はできないと思っています」
―――そうなってくると本読みという作業は、東出さんにとってどのような意義を持つものなのでしょうか?
「できるならやりたいです。というのも、僕はイン前に出来るだけ共演者と顔を合わせたいのです。基本的に僕は、リハーサルや本読みも含めて、本番以外の準備段階で一つの場面を何度も繰り返し演じても芝居の鮮度は損なわれない、むしろ沢山やったほうがいいと思っていて。
例えば、初対面の役者さんと親友同士の設定でお芝居をするとします。初めましてで、『ヨーイ、スタート』とカメラがまわって、共演の俳優さんが『ガハハ』と快活に笑ったときに、親友の役を演じているのにもかかわらず、ほんの一瞬、コンマ数秒のレベルで驚いちゃうと思うんですよ。『あ、こんな笑い方するんだ?この人』って(笑)」
―――コンマ数秒もカメラは逃さずに捕える。
「捕える、捕える(笑)。容赦ないので、カメラは」
―――そういうことが起こらないように、本読みなどを通して事前に共演者の芝居に沢山触れておくことが大事なのですね。
「そうですね。それと休憩中など、隙間の時間を共有することで『この人、笑うとこんなに顔をくしゃっとさせるんだ』とか、小さい発見を積み重ねていくことで芝居は変わります。また、共演者と居酒屋で長く飲んだ経験があったりすると、互いの温度感がわかります。だから僕は共演者と馴染めるようなら早く馴染みたい。
それはロケ地にも同じことが言えて。河瀬直美さんが撮影前からロケ地となる家を借りて役者に住んでもらうといった映画づくりをなさっていますが、それはいつか僕もやってみたいと思っているアプローチの一つです」