『哀れなるものたち』の駄賃としての自己反復。濱口竜介作品との共通点とは? 映画『憐れみの3章』評価&考察。解説レビュー
第96回アカデミー賞で主演女優賞(エマ・ストーン)を含む4部門を受賞した『哀れなるものたち』のヨルゴス・ランティモス監督最新作、『憐れみの3章』が公開中だ。今回は、ランティモス作品に通底する特徴(支配/抑圧の構造、人工性)に着目し、新作の見どころと問題点を浮き彫りにする。(文・荻野洋一)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価】
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【著者プロフィール:荻野洋一】
映画評論家/番組等の構成演出。早稲田大学政経学部卒。映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」で評論デビュー。「キネマ旬報」「リアルサウンド」「現代ビジネス」「NOBODY」「boid マガジン」「映画芸術」などの媒体で映画評を寄稿する。7月末に初の単著『ばらばらとなりし花びらの欠片に捧ぐ』(リトルモア刊)を上梓。この本はなんと600ページ超の大冊となった。
ヨルゴス・ランティモスとサーチライト・ピクチャーズ
日本国内で『哀れなるものたち』(2023)が予想以上の好評を博したことは、今年(2024年)の1〜2月の良きニュースであったが、もうずいぶんと昔のことがらのようにも思える。ヨルゴス・ランティモス監督の新作『憐れみの3章』の日本公開がこれほど早期に実現したのは、『哀れなるものたち』への支持が熱いうちにというディズニー・ジャパン側の厚遇あってのことだろう。奇抜なギミックで鳴らし、時としてゲテモノ描写も辞さないギリシャ人監督が、とうとうハリウッド最大手企業のエース監督の一角にまでのぼりつめたことになる。
ランティモスの近年の活躍を眺めると、ディズニーが20世紀FOXを買収した意味をようやく理解できるようになった気がする。かつてディズニーの実写部門を彩ってきたタッチストーンやブエナビスタといった保守的な社風の各子会社ではついになしえなかった進取的なジェンダー表象や冒瀆的な社会表象も、今はサーチライト・ピクチャーズ(旧20世紀FOXの子会社)が一身に引き受け、ファミリー向けに限定されがちだったディズニー映画のウイング拡大に大いに貢献している。
『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)、『バードマンあるいは(無知がもたらす未知なる奇跡)』(2014)、『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)といった成功作品で培ってきたサーチライト社の進歩的なカラーが、2020年の買収以後、あらたに親会社となったディズニーの思わぬ業績不振と、組織再編を余儀なくされている事情も手伝って、非常に息苦しい状況に陥ったルーカスフィルムやマーベルスタジオといった他の子会社よりもはるかに束縛を被らずに継承されているのではないか。そんなサーチライト社の置かれた状況がランティモスの作家生活を活性化していることだろう。