令和の「鬼平」は比類なき努力の天才

十代目松本幸四郎

十代目 松本幸四郎
十代目 松本幸四郎【Getty Images】

―――続いてご紹介いただくのは、現在『鬼平犯科帳』で主人公の長谷川平蔵を演じられている十代目松本幸四郎さんです。

清家「松本幸四郎さんは努力の天才ですね。『鬼平』を叔父さまの中村吉右衛門さんから受け継いだという流れがあるので、当然責任感があったんだとは思うんですが、かなりの努力を重ねられていると思います。

というのも、松本さんは稽古をちゃんとやりたい方なんですよね。もちろん歌舞伎役者なので基本の所作はすでに培われているんですが、当初はリアルなスピードで動くことに戸惑いが感じられました。

ただ、研鑽を積むにつれて徐々に上手くなっていって。今や腰の入り方など最初とは雲泥の差ですね」

―――“腰が入る”というのは、具体的にどういったことでしょうか?

清家「これが、うまく口で説明できないんですよね(笑)。斬った後の姿勢がカッコいいかどうかっていうところが規準かなとは思うんですけど」

―――斬り終えた後に腰を伸ばさずに少し屈んでいるというのは、なんとなくイメージできます。視聴者である私たちは殺陣の完成品しか見ないので、逆に上手くできていない人を見ないとわからないのかもしれませんね。

清家「やっぱり殺陣って、お芝居のなかのひとつのシークエンスなんですよね。だから、立ち回りが上手い人はキャラクターに応じた動きができる人だと思います。現に、単純に動きをかっこよくできる人はこの世にごまんと居る。でも、それだと、アクション専門の俳優を起用すればいいのかという話になってしまう」

―――真田広之さんも同じことをおっしゃっていますね。自分はアクション俳優じゃなくて、アクションは芝居のなかのひとつだと。で、真田さん自身、一皮むけるために、『高校教師』(1993、TBS系)をはじめとするアクションのないドラマに進出されたはずです。ちなみに、『SHOGUN 将軍』(2024)のときも、チャンバラショーではなく、物語上での必然の闘いであるとおっしゃっていましたね。

清家「ああ、なるほど!」

―――萬屋錦之介さんも、役によって立ち回りが全然違うって聞きますね。

清家「ああいうレジェンドは個性が全員別々で。それを全作品で出すのか、役柄によってところどころで出すのか。錦之介さんの場合は、ところどころに個性を出すタイプかなと思います。逆に、松方弘樹さんは、すべての立ち回りにご自身を出されますね。

その点、幸四郎さんは、長谷川平蔵という役を大前提に立ち回りに作っていかれたので、すごいな、と思いながら見ていました」

―――幸四郎さんはベテランだから、すぐにできてしまうのかと思ったんですが、鬼平のメイキングを見ていると、すごく稽古をされていましたね。

清家「東映剣会のメンバーも参加したんですが、かなり稽古しました。僕がいままで関わった作品のなかで一番稽古をしたと思います。

通常、だいたい1日、2日基礎稽古をやって、大作の場合はもっと日数をかけたりもするんですが、幸四郎さんは基礎稽古だけで20回近くやってます。京都に来るたびやってらっしゃる。

それに、稽古のためにわざわざ松竹撮影所に来るというのは、当然労力も時間もかかる。それでも殺陣稽古をしたいというのは、それだけ長谷川平蔵という役に情熱を傾けているということだと思います」

―――幸四郎さんは、舞台挨拶でも涙を見せるくらい熱くて、『鬼平』への強い思い入れを感じました。作品自体はピリピリしているけど、鬼平チームはアットホームですよね(笑)。

清家「はい、メンバーが本当に良かったです。とにかく、幸四郎さんの殺陣は、重い立ち回りで、軽々しく振らないタイプ。東映タイプというより松竹タイプですね。だから松竹の『鬼平』に合っていると思います」

―――個人的に歌舞伎の方って、大川橋蔵さんのように、舞いながら立ち回る東映の殺陣が本流のイメージがあります。その点、ヘビーで凄みのある幸四郎さんの殺陣は歌舞伎のイメージとは異なりますよね。

清家「確かに、僕もよく、時代劇は歌舞伎を参考に東映が作った『新しいチャンバラ』と言っているんですが、幸四郎さんは歌舞伎なのに逆になりますよね(笑)。でも歌舞伎って、そもそも松竹株式会社が行ってきた興行じゃないですか。だから本来、本筋としては合っているのかもしれません(笑)」

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