原作と映画のラストがもたらす全く異なる感動
『リトル・マーメイド』(1989)
監督:ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ
脚本:ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ
出演:ジョディ・ベンソン、サミュエル・E・ライト、パット・キャロル、クリストファー・ダニエル・バーンズ、ケネス・マース
【作品内容】
海の王国の人魚姫アリエルは、陸の世界に憧れ、嵐で遭難した王子エリックを助け恋に落ちる。人間になるため海の魔女アースラと契約し陸へ向かうが、魔法には代償があった…。
【注目ポイント】
ディズニー屈指の名作として広く知られる『リトル・マーメイド』は、デンマークの作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンが1837年に発表した童話『人魚姫』を原作としている。
しかしこの作品、実は映画と原作でまったく異なる結末を迎えるという点でも知られている。
共通しているのは、主人公が海底に暮らす美しい人魚の姫であり、人間の世界に強い憧れを抱いているということ。ある日、嵐に巻き込まれた人間の王子を助けたことをきっかけに恋に落ち、地上で暮らすことを夢見るようになる。彼女はその想いと引き換えに、海の魔女と契約を交わし、自らの声を代償に人間の姿を手に入れる――ここまでは、原作とディズニー版で大筋の流れは共通している。
だが、結末は大きく異なる。
アンデルセンによる原作では、王子は人魚姫が命を救ってくれたことに気づかず、彼女ではなく、別の女性を「命の恩人」だと信じたまま恋に落ち、やがてその女性と結婚してしまう。
魔女との契約には「王子に愛されなければ命を失う」という条件があり、人魚姫は絶望の淵に立たされる。そんな妹を救おうと、姉たちは魔女から王子を殺せば人魚に戻れるという剣を手に入れて託すが、人魚姫は王子を愛していたがゆえにその命を奪うことができない。そして朝日が昇る中、彼女は静かに泡となって海へと消えていく――切なくも美しい、自己犠牲の物語だ。
一方、ディズニーのアニメ映画『リトル・マーメイド』では、アリエルと魔女アースラの契約は「3日以内にエリック王子と“真実のキス”をしなければ、アリエルのすべてはアースラのものになる」というもの。しかし、アースラの妨害にも屈せず、アリエルは愛の力で困難を乗り越え、エリックと結ばれる。
物語はハッピーエンドで締めくくられ、希望と幸福に満ちた結末が描かれる。子どもにも親しみやすく、夢と前向きなメッセージが込められた物語へと再構築されているのが特徴だ。
原作は、報われなくても誰かを思い続けることの尊さと自己犠牲の精神を描いた繊細なドラマであり、映画は「信じる力が未来を切り開く」というポジティブなテーマを軸に据えている。
同じ『人魚姫』という題材から生まれた2つの物語は、それぞれの時代背景と文化、そして伝えたい価値観を反映しており、まったく異なる感動を観る者に届けてくれる作品となっている。