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“非ナチ化”と過去からの復讐

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リディアは自身の権力をあらゆる場面で行使する。ソロ奏者を団員の中から選ぶと言いながら、オーディションによってお気に入りのチェロ奏者であるオルガに機会を与える。

また過去には若手指揮者のクリスタの登用を各楽団にメールを送り妨害。そして娘をイジメる子どもにも容赦はしない。こうした強引な権力の行使は、現代ではSNSというツールによって告発されることになる。

こうした過去からの復讐は本作の舞台がドイツであることもまた重ねて象徴的である。リディアの恩師であるアンドリスの口から“非ナチ化の告発の時代”についてのセリフがでてくる。

“非ナチ化”とは、ナチスドイツ時代の建築物の破壊や、鍵十字(ハーケンクロイツ)、鷲といったナチを連想させる意匠を排除するなど、戦後のドイツ国内およびナチスに占領された国で行われた、ナチス政権の名残を排除するための政策である。

“非ナチ化”は目に見えるものだけでなく、ナチスへの協力者や関係者だった者たちの過去を告発する時代でもあった。アンドリスのセリフは、SNSによって再び告発の時代が到来していることを示すものである。

『TAR』は、リディア・ターというエキセントリックなキャラクターに注目するもよし、音楽界を舞台にしたフィルムノワールという見方もよし、権威や権力について考えるもよし、SNSによって他者とのコミュニケーションのあり方が変容したことを自覚するもよし、鑑賞する眼差しの角度を変えることで多様に変化する稀有な映画なのである。

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