普通とは?美醜とは?
人里離れた森で営まれるダークファンタジー
『ボーダー 二つの世界』(2018年)
舞台:スウェーデン
監督:アリ・アッバシ
脚本:アリ・アッバシ、イザベラ・エクルーフ、ヨン・アイビデ・リンドクビスト
出演:エヴァ・メランデル、エーロ・ミロノフ
【作品紹介】
こちらも『ぼくのエリ』同様、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストによる同名小説を映画化したもの。カンヌ国際映画祭では「ある視点部門」グランプリを受賞した。
人の感情が嗅ぎ取れるティーナはその能力を生かし、港の税関で違法所持品チェックの仕事をしている。容姿の醜さから周囲に馴染めない人生を送ってきたティーナの唯一の喜びは、森の動物たちと触れ合い、自然と一体になること。ある日、渡航してきた怪しい男・ヴォーレに運命的なものを感じたティーナは、彼を家の離れに住まわせる。本能的に惹かれあっていく二人だが、ある時ティーナはヴォーレから自身の出自にまつわる秘密を告げられるのであった。
【注目ポイント】
鬱蒼とした木々や湖に囲まれた美しい自然の風景と、人外的で奇妙な雰囲気漂うティーナとヴォーレ。この組み合わせにより不気味な神秘性を演出している本作の舞台は、首都ストックホルムから数十キロ北東にあるロースラーゲン地域だ。
ヴォーレに対し、ただならぬ何かを嗅ぎ取るティーナだが、のちに判明するのは、二人は人間ではなくトロールだという事実。トロールはムーミンでもお馴染み、北欧の伝説として知られる森の妖精である。
本当の自分を理解したことで、ティーナは吹っ切れたかのように一糸纏わぬ姿で森を駆け回る。その姿は私たちが思う普遍的な美しさとはかけ離れているが、そんな感覚すら忘れてしまうほどの晴れやかさがある。そしてティーナは、これまで抱えてきた生きづらさに意味を見出し、トロールとしてヴォーレと共生する道を望むようになる。
しかし、ヴォーレは自分達を迫害してきた人間に復讐を果たすため、人間の赤ん坊を人身売買にかけていたのであった。ちなみにこの設定は、種の繁栄のため人間の子供をさらい取り換え子を置いていくという、トロールにまつわる実際の逸話を基にしたものだ。
「我々は虐げられてきた。だからやり返してる」と、彼はトロールとして揺るぎない信念と正義のもとに行動しているが、今まで人間社会で生きてきたがゆえに人間とトロールの中間にいるティーナには依然許しがたい悪行だった。
正義と悪。美と醜。自然と文明。あちら側とこちら側。本作は、そんな様々な二つの世界が溶け合う境界線と、そこに横たわる深淵を覗かせ、我々が考える”普通”の意味を今までに無かった形で問いかけてくる。
また、作中でトロールは交尾の際に生殖器が男女逆転する設定になっている。異様としか言えない状態での文字通り獣のような交尾の場面は、あまりの衝撃に観る者の正常心を奪うだろう。
決して万人受けする映画ではないが、過激な描写とメッセージ性溢れる本作に、ぜひ心を揺さぶられてほしい。