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暴力と憎悪の連鎖を描いた傑作

『ジョーカー』(2019)

主演ホアキン・フェニックス
主演ホアキンフェニックスGetty Images

製作国:アメリカ
監督:トッド・フィリップス
脚本:トッド・フィリップス、スコット・シルヴァー
キャスト:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ

【作品内容】

コメディアンを夢見る心の優しいアーサー・フレックは、認知症の母を介護し、ピエロとしてアルバイトをしながら生活をしていた。しかし、彼は周囲から冷たい扱いを受け、街で暴行を受ける。そんな彼は理不尽な格差社会に鬱憤をつのらせ、精神は遂に限界を迎える…。

【注目ポイント】

第76回ベネチア国際映画祭で最高賞となる金獅子賞を受賞した本作は、社会道徳に「否」を突きつけ、映画を通じて独自の価値観を定立しようとする。ジャンルとしては、アンチヒーローもの、あるいはダークヒーローものといった括り方ができるかもしれない。

従来のダークヒーローものでは、主人公が救われる瞬間が劇的なタッチで描かれる場合が多い。主人公エディが“シンビオート”(地球外生命体)に寄生され、スパイダーマンの悪役ヴェノムと化すも、最終的にシンビオートのボス・ライオットと戦う『ヴェノム』(2018)を例に挙げてもいいだろう。

しかし『ジョーカー』はこれまでのダークヒーローものとは全く色合いが異なる作品だ。主人公・アーサーは物語が進むにつれて孤独を深め、罪を重ね、他者への憎悪を強めていく。そんなアーサーの心を照らす唯一の光は、彼に影響を受けた暴徒たちの存在である。アーサーを模倣するようにピエロの仮面を被った男たちは、夜な夜な街に繰り出し、街の治安を乱しにかかる。

アーサーは自身がある種教祖的な存在に祭り上げられていることを知る。彼の心を晴れやかにするのは、悔恨や許し、モラルへの目覚めではなく、暴力と憎悪の連鎖に他ならない。

こうしたドラマ展開が多くの観客を魅了したのは、理不尽な目に遭い続けるアーサーを通して、市民社会にはびこる欺瞞がこれでもかと描き込まれているからに違いない。アーサーが孤独を深めていくのに比例するように、観客は彼にシンパシーを深めていくのだ。

そんな本作が社会に及ぼした影響は甚大。日本を含め、世界中でアーサーにシンパシーを抱いた“模倣犯”の犯罪も相次いだ。映画作品としてのパワーはもちろん、社会に与えた衝撃を鑑みても、ここ10年で最も傑出した1本であることは疑い得ないだろう。

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