「彼らは君たちを恐れてるんじゃない。君たちが象徴する“自由”が怖いんだ」
『イージー・ライダー』(1969)
監督:デニス・ホッパー
脚本:デニス・ホッパー、ピーター・フォンダ、テリー・サザーン
出演:ピーター・フォンダ、デニス・ホッパー、ジャック・ニコルソン
【作品内容】
2人の男が大型バイクを走らせ、カリフォルニアからルイジアナ州ニューオリンズを目指す。彼らの名はワイアット(ピーター・フォンダ)とビリー(デニス・ホッパー)。
2人は麻薬の密売で一山当てたところであり、バイクのタンクには大金が隠されている。身なりは汚く、浮浪者を思わせる。そのため、モーテルに立ち寄っても宿泊を拒否される。
野宿をしながら旅を続ける2人は、道中で出会ったヒッピーの集団と意気投合。気ままな旅を楽しむ2人だったが、小村のお祭りに許可なく参加したことをきっかけに、逮捕されてしまう…。
【注目ポイント】
今作は60年代の自由を志向するアメリカの若者文化と、それに対する差別と偏見が描かれている。
ワイアットとビリーは、そのフーテンな出立からモーテルに泊まれない。しかし、それでも物語序盤では親切な農夫との出会いやヒッピーコミューンでの暮らしなどで、2人は自由の国アメリカを満喫する。
しかし物語が進み、舞台がアメリカ南部に移ると、2人への風当たりは強まっていく。それもそのはず、当時のアメリカ南部は保守的であることで知られ、ヒッピーや北部の人間などに対し、根強い差別意識があったのだ。
カフェに入るも、地元民から口汚く罵られ、退店を余儀なくされる。さらに、野宿中に地元住民から襲撃され、途中から行動を共にしていた弁護士のハンセンは殺されてしまうという有り様だ。それでも2人は目的地であるニューオリンズの謝肉祭に参加し、金で買った女性とともにLSDでトリップすることで束の間、現実を忘れる。
しかし、物語のラスト、バイクでハイウェイを走っている2人の元に、1台のトラックがやってくる。
トラックに乗っているのは地元南部の男2人だ。助手席の男は「からかってやるか」と言いながら挑発し、「その髪を切れ」とビリーに銃を向ける。ビリーは黙って中指を立てるが、これに対し助手席の男は躊躇なく銃を放ち、ビリーを殺してしまうのである。そして、ワイアットも撃たれ、バイクが炎上する様子を捉えた空撮で映画は幕を閉じる。
このあまりにもあっけないラストに唖然とする観客も少なくないだろう。このシーンの前の野宿中、2人は放浪をやめ、フロリダで根を張ることを決意しており、志半ばで悲劇を迎えてしまうのである。
自由に憧れ、みずからの生き方をもって自由を体現してきた2人。一方、映画は彼らから自由を奪う社会からの抑圧も入念に描写している。本作のラストは社会に順応しようとした自由人に対する「残酷なしっぺ返し」をあえて乾いたタッチで描くことで、物語の悲劇性を高めている。
「彼らは君たちを恐れてるんじゃない。君たちが象徴する“自由”が怖いんだ」
弁護士のハンセンが作中で言うこのセリフが、最悪の形で現実となる。自由や多様性の重要性を人々は説くが、実際の変化や体現者を受け入れる寛容さが伴っているとは限らない。
これはなにも50年前の当時だけではなく、現在にもそのまま当てはまるだろう。映画『イージー・ライダー』の残酷な結末は、そんな人間の普遍的な矛盾と醜さをまざまざと見せつけるのだ。