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映画通が厳選…心にズシリとくる邦画の傑作は? 社会の闇を描いた日本映画5選。暗部にメスを入れる名品をセレクト

text by 阿部早苗

テレビをつければ、差別、貧困、虐待にまつわる話題は事欠かない。しかし、ニュースが報じるのは事象のごく一部のみ。社会問題の根っこにフォーカスし、可視化すること。それは映画が果たすべき重要な役割の1つだろう。今回は、日本社会が抱える暗部に鋭くメスを入れた近年の傑作を、5本セレクトして紹介する。(文・阿部早苗)

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【著者プロフィール:阿部早苗】

神奈川県横浜市出身、仙台在住。自身の幼少期を綴ったエッセイをきっかけにライターデビュー。東日本大震災時の企業活動記事、プレママ向けフリーペーパー、福祉関連記事、GYAOトレンドニュース、洋画専門サイト、地元グルメライターの経験を経て現在はWEB媒体のニュースライターを担当。好きな映画ジャンルは、洋画邦画問わず、社会派、サスペンス、実話映画が中心。

「離婚後300日問題」を描く近年屈指の傑作

『市子』(2023)

女優・杉咲花【Getty Images】
女優杉咲花Getty Images

上映時間:125分
監督・原作:戸田彬弘
脚本:上村奈帆、戸田彬弘
キャスト:杉咲花、若葉竜也、森永悠希、渡辺大知、宇野祥平、中村ゆり、中田青渚

【作品内容】

 恋人の長谷川(若葉竜也)からプロポーズを受けた翌日に、突如失踪した市子(杉咲花)。過去に彼女と関わった人たちを辿るうちに、やがてもう一つの名前と市子の壮絶な過去が明らかになる。

【注目ポイント】

 名コンビと名高い杉咲花と若葉竜也が恋人同士を演じ、刑事に宇野祥平、市子と関った人物に森永悠希、倉悠貴、渡辺大地、山本さつき、中村ゆりらが名を連ねている本作。

 3年間同棲していた市子(杉咲花)にプロポーズした長谷川(若葉竜也)。その翌日、突然失踪した市子の捜索届によって、長谷川は彼女が戸籍上存在しないことを知る。

 物語は、市子を追う長谷川と刑事が彼女の過去を調べていくうちに「離婚後300日問題」によって、無戸籍となった市子の半生が描かれた作品だ。

「離婚後300日問題」を簡潔に説明すると、夫と離婚してから300日以内に生まれた子供は、血縁関係がなくても元夫の戸籍に入らなくてはならない。何らかの理由で元夫の戸籍にいれたくない母親は、子供の出生届を出さずに無戸籍のまま育てるしか選択肢がない。そうなると社会保障制度への加入や入学が困難になる(2022年に民法が改正。再婚相手がいる場合のみ、元夫の戸籍に入れないことが可能となった)。

 そんな状況の中で育った市子は難病で学校に通えない妹・月子になりすまし、小学校に入学。学生時代を「月子」として生きつつ、水商売をしている母親に変わって妹の介護を余儀なくされる。

 片親ゆえのヤングケアラーとなった市子は、やがて精神的に限界を迎え、妹の命綱である酸素マスクを外して殺してしまう。そのことを知った母親が市子に「ありがとう」というシーンは、母親もまた限界を迎えていたことを強く印象付ける。

 その後、何事もなかったように平然と暮らす市子からは心の闇が見え隠れする。苦境の中、長谷川と出会い、同棲を経てプロポーズされた市子は、涙を流して喜ぶ。

 喜びとも悲しみともつかない、曖昧な表情で泣く市子だが、その涙には、初めて人から愛されたという確かな実感が込められており、もらい泣きをせずにいることは難しい。しかし、残酷にも束の間の幸せは月子の遺体発見によって終わりを迎える。

 やがて、市子が新たな罪を重ねたことが暗示され、新たな人生を歩み始めたと思わせる本作ラストは、観る者を善悪の彼岸へと連れていく。

 彼女に別の選択肢はなかったのか…。絶望の最中、ひたむきに生きる市子を演じた杉咲花の渾身の演技に心奪われる、近年屈指の人間ドラマの傑作だ。

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