夢追い人の代弁者 柳葉敏郎
スズ子役の澤井梨丘と趣里に負けじと、伸び伸び演じているのが、父親の梅吉役を演じる柳葉敏郎、ギバちゃんである。スズ子にベッタベタに愛情を注ぐが、酒飲みでだらしない。しかも花咲歌劇団を落ちた報告をするスズ子の前で、「これからどないすんねん」「もう終わりや」と言ってしまうような、恐ろしいほどのデリカシーのなさも見せる。
非常に困ったオヤジなのだが、彼の天真爛漫な笑顔と、どれだけボロボロに着物を着崩しても、なんだかんだスタイリッシュな立ち姿が、嫌なだらしなさにならずに済んでいる。
そんなギバちゃんに泣かされたのが、10月18日放送、第3週「桃色争議や!」 (13)。
男役の桜庭和希(片山友希)は、後輩で優秀な秋山美月(伊原六花)と何かと比較され、稽古を休んでしまう。そして和希が劇団をやめると言い出す……という回だ。
スズ子が和希の退団宣言に困惑し家に帰ると、梅吉も、何度も挑戦している映画の脚本がまたもや落選し、ぐでんぐでんに悪酔いしている。そして、和希の退団を止められないかという話に、彼は「やめてもいい」と口をはさんでくる。自分の場合は、妻のツヤ(水川あさみ)がやめさせてくれない、と冗談交じりに言いながら、次第に感情が抑えきれなくなり、せきを切ったようにツヤにこう叫ぶのだ。
「おまえごっつい重荷やねん。死にそうやねん。わしかて頑張ってんねん! どうにかしてくれ、なんとかしてくれや……」
私はむせび泣いた。頑張るのに、届かない。周りの期待に応えられない、でもやめられない、という悔しさともどかしさ。こんなに清々しく、ストレートに自分のコンプレックスを代弁してくれたドラマがかつてあっただろうか。私はティッシュで鼻を噛みながら思った。ギバちゃん恐るべし……。
しかもこの回は、彼だけでなく、和希を演じる片山友希までが、
「悔しくてしょうがないねん。(後輩に)抜かれんのが惨めやねん!」
と、ボロ泣きの名演技をしてくるものだから、涙腺の蛇口は壊れっぱなし。全米が泣いた、ならぬ、全夢追い人が泣いたはず。まさに神回であった。
梅吉がその後、映画の脚本で賞を獲り大成するという可能性は、史実を見ると、限りなく低い。けれど、柳葉敏郎のガハーッという笑顔と、あの回の酔いどれ泣き演技は、そんな先の予想なんてどうでもよく、好きなことを続けるのは苦しいが、それでも続ければ愛される、と教えてくれた。ありがとう、梅吉!