住民それぞれの家族を想う優しさに触れて
自問する小津
またあるときは、赤井が急に小津とメイを海の見える防波堤へと連れ出し、震災以降の生活について語りはじめる。赤井は生まれ故郷を離れ、新たに生まれた命とともに一家でがんばろうとするも、結局何かがしっくりこず、3人目の子どもが生まれたことをきっかけに双葉町へ帰ってきた。
まだまだ何もない、人も少ない町だからこそ、やれることはたくさんある。「家族とこの町のために生きる」という赤井は、さっぱりとした決意に満ちたいい表情をしていた。
この会話を経て、小津は“俺は何のために生きているのか?”と自問する。おそらくほとんどの大人たちが日々の暮らしをこなしていくことに追われ、いつからか失ってしまっただろう夢や目標を、32歳にして小津は再度問いかけられる。このまま流れに任せ、メイと離れ、東京の暮らしに戻ることが、果たして正解なのか。
赤井よりも先に、小津に夢を問うた人がいた。平田夫妻だ。「夢はない」と答えた小津に対し、「自分は夢見ずに、姪っ子には夢見させるってムズくない?」と、核心をついたことをいう。これにドキリとさせられた人も多いのではないだろうか。
そんな平田夫妻には高校3年生の息子・純(岩田奏)がおり、彼は東京の大学に進学するという。上京したらもう帰って来ないかもしれない、と寂しそうに語るものの、震災後に再開できた農園が自分たちの代で終わるかもしれないことに対しては、「(純の)好きなように生きさせてやんないとね」とあっけらかんとしていた。純の生き方を信頼しているからこそ出てきただろう言葉に、胸が熱くなる。
だが実は、純は東京で農業を学び、それを持ち帰って実家を継ぎたいと考えていた。大人たちの知らぬところで、メイを相手に将来の夢を話す高校生がなんとも愛おしい。