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「感情を込めて、大きくやるだけが演技じゃない」
無機質なトーンだからこそ立ち上がる映画的魅力

写真:宮城夏子
写真宮城夏子

―――お話を伺って、もう一度『ジョーカー』を見返したくなりました。さて、ここでもう一度、セリフのお話に戻らせてください。先ほど『寝ても覚めても』で演じられた麦というキャラクターには理解しがたい部分があるとおっしゃいました。脚本に書かれてあることが自身の心理に落とし込めない、そんなセリフを発するにあたり意識されていることはありますか?

「難しい問題ですけど、映画を学問として捉えてみるとヒントが得られるかもしれません。映画の面白さは、当然ですが、俳優の演技だけではなく、照明、衣装、美術など様々なファクターが結集して作られるものですよね。

黒沢さんや濱口さんがお書きになる脚本は、いかにして複数の要素を組み合わせて映画的魅力を形成するのか、しっかり考え抜かれていて、一つの学問になっている。そう考えると、役者自身にとって理解しがたいセリフであっても、下手に気持ちを込めるのではなく無機質に喋ったほうが、複数の要素と絡み合うことで、映画をより魅力的にする場合もあるのではないかと思います」

―――今おっしゃったことは、役者にあえて感情を込めずに本読みをさせる、濱口監督の演出意図を理解する上でも重要な話かもしれませんね。

「濱口さんの指針になっているのは、ジャン・ルノワールの方法論(イタリア式本読み)ですよね。『ジャン・ルノワールの演技指導』(1968)という短篇映画があって、1人の女優が母親に犬を殺された(犬には狂犬病の疑いがあった)娘に扮して、母親を非難するというシチュエーションで演技をするのですが、ルノワールの演出によってセリフから感情が抜
かれていく。

最終的にはかなり無機質なトーンになるのですが、それが逆にリアリティーを生んでいて、見事な演技になっている。これを観ると感情を込めて、大きくやるだけが演技じゃないということがよくわかります」

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