「北野武の時代」に移行した90年代における相米慎二
相米的子どもは元来、大人という存在を遠ざけ、両親を視界から消去せんとしてきた。初期から中期にかけての『翔んだカップル』(1980)、『セーラー服と機関銃』(1981)、『ションベン・ライダー』(1983)、『台風クラブ』(1985)、『雪の断章 -情熱-』(1985)はいずれも両親の存在がきわめて希薄である。子どもたちは少しでも隙があると、すかさずずらかろうと画策し、大人たちの引力圏から脱しようとしている。
それにしてもタイトルを書き出しながら改めて驚かされるのは、1985年という年、相米の新作公開は3本に達している。同年6月の東京国際映画祭で『台風クラブ』が世界プレミア上映され、ベルナルド・ベルトルッチ審査委員長の強力な推挙によって大賞を受賞。8/3に『ラブホテル』公開、8/31に『台風クラブ』公開、12/21に『雪の断章 -情熱-』公開。「ソウマイの時代」というのは確かにあったのである。1980年代の日本映画は「ソウマイの時代」であり「イタミの時代」だった。それが90年代も半ばをすぎると「北野武の時代」「三池崇史の時代」「黒沢清の時代」へとシフトしていく。
こうしたシフトの時代に相米が繰り出したのが、今回4Kリマスター版の公開となった『お引越し』(1993)と『夏の庭 The Friends』(1994)である。この2本の作品は成熟の度合いを強めてはいても、あいかわらず子どもたちがずらかり、姿もくらまし、大人の引力圏から脱しようとし、そして独自のアプローチで(つまり大人や老人とはまったく異なるアプローチで)死を見つめようとしている。しかし一方で、それを目で追いすがる大人たちの視線をも視界に収めるようにもなった。この転換は大きい。
そして『東京上空いらっしゃいませ』以後の90年代というのは、エンジンフィルムの安田匡裕が相米プロデュースを手がけた時代であり、映画製作のみならず江崎グリコ・ポッキーのCMシリーズ、オムニバス映画の企画にいたるまで総合的に相米の活動を安田が支えた時代である。安田は相米バックアップと並行して、次の時代を見据えつつ是枝裕和のプロデュースにも乗り出し、是枝の配下にいた西川美和をデビューさせている。こうした日本映画新時代構築の試みは、2009年3月の安田匡裕の急逝によって終わりを告げた。