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映画『あつい胸さわぎ』は面白い? 忖度なしガチレビュー。若年性乳がんと恋愛をテーマにした青春映画《あらすじ 考察 解説》

text by 山田剛志

演劇ユニットiakuの横山拓也が作・演出を務めた舞台作品『あつい胸さわぎ』。母と娘の視点から乳がんをテーマに描いた話題作が、まつむらしんご監督によって映画化され、全国の劇場で公開中だ。今回は、特異なテーマを普遍的な青春ドラマに昇華した本作のレビューをお届けする。(文・山田剛志)

男性目線で一元的に描かれてきた女性の“胸”
瑞々しい感性でステレオタイプを打ち壊す

©︎2023映画あつい胸さわぎ製作委員会

年季の入った音楽ファン、あるいは、一定の年齢層に達した人であれば、本作のタイトルを目にした瞬間、サザン・オールスターズのファーストアルバム(『熱い胸さわぎ』)を想起するのではないだろうか。また、それと同時に、サザンのアルバム名とは同音異字となっていることにもすぐに気付くだろう。

『あつい胸さわぎ』が描くのは、若年性乳がんを宣告された 18歳の少女・千夏が、母親や幼馴染をはじめとした身近な他者や、“内なる自分”との関係を見つめ直す姿だ。

タイトルで際立たせられた“胸”は、ヒロインにとって、知らず知らずのうちに胚胎していた悪性腫瘍の住処であり、みずからコントロールできない、“内なる異物”の住む場所である。

©︎2023映画あつい胸さわぎ製作委員会

しかし、本作の独創性は、ヒロインの“胸”が内なる異物(がん細胞)に冒されていく過程と葛藤を描くことで、観る者の涙腺に訴えかけるという点にはない。千夏にとって自身の“胸”は、乳がんを宣告される以前から、そもそもコントロール不能で厄介な異物であり、他者の気持ちと千夏自身の気持ちが交わり、すれ違いもする、“交点”としての性質も備えている。

©︎2023映画あつい胸さわぎ製作委員会

シングルマザーの昭子(常盤貴子)は、一人娘の千夏に対して惜しみない愛を注いでいるが、灯台下暗しと言うべきか、娘の成長にはちょっぴり鈍感なところがあり、千夏は母に対し、同級生よりもブラジャーを買い与えられるタイミングが遅かったことを、密かに根に持っている。

一方、千夏自身、みずからの“胸”の成長を特別な意味で認識したのは、中学時代に、幼馴染であり思いを寄せる相手でもある光輝(奥平大兼)から、胸のふくらみを指摘されたことがきっかけであった。

©︎2023映画あつい胸さわぎ製作委員会

回想シーンでは、千夏の“胸”に対する初恋相手の関心と母の無関心がコントラスト豊かに描かれる。しかし、現在パートにおいて、上記の構図は反転する。乳がんの発覚をきっかけに、母・昭子は千夏の“胸”を気にかけるようになる一方、初恋相手・光輝にとって千夏は、あくまで幼馴染みの親友であり、彼女の“胸”に関心を寄せることはない。光輝の無関心は、彼に好意を寄せる千夏をもどかしい気持ちにさせるだろう。

急いで補足しなければならないのは、昭子も光輝も、千夏を理解しようとしない意地悪で偏屈な人物として描かれているわけではまったくないということだ。昭子は、自分以上に千夏の身体を気にかけており、乳がん発覚後、乳房の切断をやむを得なしとするのも、愛する一人娘の将来を尊重するからこそ。一方の光輝にしても、千夏の存在は、性別を超えた唯一無二の親友である。光輝の“胸”への無関心は、彼の純粋な友情心に根ざしているのだ。

まつむらしんご監督は、弊サイト掲載のインタビューにて、「お涙頂戴の話にはしたくなかった」とした上で、「青春映画の醍醐味も味わってもらうため、上手くバランスをとることを意識した」と語っている。その言葉は、本作の主題が、若年性乳がんという病気そのものではなく、病気をきっかけにして引き起こされる、思春期の女性の心の動きにあることを示している。

©︎2023映画あつい胸さわぎ製作委員会

周囲の人物の無理解ではなく、逆に、良心や思いやりによってヒロインの孤立と胸のざわめきを表現するストーリーテリングは、観る者に作りものではなく、本物の葛藤と向き合っているような感覚を味わわせる。その点、本作はお涙頂戴の難病映画でも、ありふれた青春モノでもない。両者を換骨奪胎することで、新しさと普遍性を兼ね備えたユニークな青春映画となっている。

女性の“胸”は、映画にかぎらず様々なメディアで、しばしば、男性による好奇の対象として描写されてきた。男性である筆者は、本作を通じて、これまで外側から一元的に描かれることの多かった女性の“胸”が、当事者の内側から、かくも繊細に多様性に富んだ形で描かれていることに驚かされた。もちろん、本作が描くヒロインの“胸”にまつわる葛藤は、女性にとっては日常的なテーマであるかもしれず、見出すのは多様性よりも自明性に近いものかもしれない。いずれにせよ、本作の試みが女性の胸をめぐるステレオタイプなイメージに揺さぶりをかけるのは間違いないだろう。

既視感のあるタイトルに騙されず、映画『あつい胸さわぎ』を観にスクリーンに駆けつけてほしい。きっと、今まで映画が描いてこなかった、瑞々しい心の動きに出会えるはずだ。

(文・山田剛志)

【作品概要】

監督:まつむらしんご
原作:横山拓也
キャスト:吉田美月喜 常盤貴子 前田敦子 奥平大兼 三浦誠己 佐藤緋美 石原理衣
2023年1月27日(金)公開 / 上映時間:93分 / 製作:2023年(日本) / 配給:イオンエンターテイメント=S・D・P

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