彼らが平凡な日常で待ち望んでいた変化とは
物語に登場するメインキャストはふたり。起きたら仕事に向かい、帰ったら眠る生活を繰り返す平凡なサラリーマンの彼方(萩原利久)と、そんな彼方の同僚であり、あけすけな性格ながら彼のそばに立つ星野(藤堂日向)。
一見、真逆の存在に見えるふたりだが、その実、彼らは表裏一体の人間とも言えるかもしれない。
ありきたりな毎日にもかかわらず、どこか不安定に感じられる彼らの世界。特に彼方を中心に捉えたシーンでは、ストップモーションで静止する通行人や、家のなかで歯を磨く間も首をくくるための紐が画角に映ることから、彼の日常が薄氷の上にあることは想像に難くない。演出されたカメラのブレによって、秒単位でぐらぐらと揺れうごく彼方の世界が表現されているように感じた。
一方、星野は常に明るく、飄々と今を生きているように見える。彼方に対しても軽い調子で声をかけながら、他愛のない会話を繰り広げていた。
彼方もまた、星野の誘いには満更でもなく応じている。ジャンケンにグリコと子どもの遊びに興じたり、いつもとは違う道順で帰ってみたり。ただ、彼方が本当に待ち望んでいたのは、劇的な日常の変化だったのではないだろうか。
足が速いだけで注目を集めることができた少年時代。誰よりも目立ちたいと思っていたのに、会社ではぐるぐると同じ場所を旋回しながら、ただ命じられたことをこなすだけの無味乾燥とした日々を過ごす。自分が居ても居なくても、変わらない毎日。
だからこそ、今まで過ごしてきた世界を塗り替える、社会の歯車を形成するシステムごと吹き飛ばす、そんな劇的な出来事を待っていた。星野から「世界を征服しに行こうぜ」と声をかけられる、その瞬間を。