「初めに言葉が降りてきた」“触れられること”に飢えた青年が主人公。映画『触れッドペリー』イリエナナコ監督独占インタビュー
コピーライター、クリエイティブ・ディレクターとしても活躍する、映画作家・イリエナナコ監督作品『触れッドペリー』は、“触れられること”を渇望する青年の内面を瑞々しいタッチで活写するユニークな短編映画だ。今回は、3月10日(金)より公開がスタートする同作を手がけたイリエ監督のインタビューをお届けする。(取材・文:山田剛志)
【イリエナナコ監督 プロフィール】
東京生まれ。現在はフリーランスとして活動。コピーライティング、クリエイティブディレクション、CM やコンテンツのプランニングなどの仕事と並行し、映画、絵と言葉の作品の展示などの作家活動を行っている。2016年まで広告会社に勤務。2020年ワンピースブランド「瞬殺の国のワンピース」スタート。監督作品に『愛しのダディー殺害計画』(2020)。最新作『謝肉祭まで』は2023年4月14日に公開を控えている。
【映画『触れッドペリー』あらすじ】
ペリーは“触れられること”に飢えている。幼い頃の母親との関係が、大人になった今でも彼の心に穴を開けたままにしている。恋人にも心を開けず、仕事を転々とするペリーに、食堂のオーナーのハナが声をかけ、食堂の裏の仕事に誘う。それは知らない人間たちからの電話を受け、話を聞き続ける仕事だった。そのうち、幼い少年・リュウから電話がかかってくるようになる。
「普通の人と同じことができない」
コンプレックスをクリエイティブに昇華
――――本作はイリエ監督の初監督作品として2017年に製作がスタートし、ポストプロダクション期間を経て、今年、劇場公開されることになりました。まずは、製作の経緯を教えてください。
「私は元々中学生くらいから映画が好きで、自分で撮ったりもしていたんです。その後、広告会社に就職してからも、機を見て映画を撮りたいと思っていたのですが、会社勤めと両立するのは難しかった。会社を辞めないと映画は撮れないと思い立ち、2016年に退職しました。そうなると、まずは、出資者やプロデューサーに配るための“名刺”となる作品を作らなければいけません。長編用に考えていた企画がいくつかあったのですが、初めは短編だろうと。尺が短い分、私の思いがギュッと詰め込まれた、純度の高い作品を作ろうと思って着想したのが始まりでした」
―――主人公の青年・ペリーの心には、幼少時に母親から接触を拒まれた経験が影を落としていますね。コロナ禍以前に製作された本作で、なぜ「接触」をモチーフにした映画を制作しようと思われたのでしょうか?
「私自身、幼少期はよく両親や親戚に抱っこしてもらったり、兄弟と手を繋いで遊んだり、身体的なスキンシップが豊かな環境で育ったんです。海外の友達も多く、ハグをするのも日常的でした。一方、自分の中にはそれとは別の部分で、『周囲とちょっとズレている』あるいは、『他の人に比べて何かが欠落している』という感覚を昔から持っていました。触れ合うことに関して、ペリーと私自身の境遇は正反対ですが、他の人に比べて何かが欠けている、普通の人と同じことができない、という悩みは共通しています。“触れること”をテーマに据えたのは、自分にとってとても大切な行為であるからこそ、それが欠けた時に、人に対する接し方、内面や行動など、すべてが決定的に違ったのではないか、と想像したのがきっかけです。私は幸いなことに触れ合うことに恵まれて育ったけど、正反対の環境にいる人はどうなってしまうのだろう、と」
―――「触れる」という行為は他者と密接に関わりますし、視覚的なインパクトも強いので、非常に映画的なモチーフですよね。
「そうですね。あとは、小さい頃にダンスを習っていたので、多分身体的なことに関心があるのだと思います」
―――冒頭のカットでは、上裸のペリーが夢の中で沢山の手に触られるイメージが示されます。とてもエロティックなカットですが、それ以降、性的なイメージは影を潜めますね。
「そうですね。もしかしたらセクシャルな内容が描かれているのではないかと思ってご覧になる方もいらっしゃるかもしれませんが、ペリーは他の人よりも触れられることに敏感で、性別かかわりなく、他者と触れ合うこと自体がとても大きな意味を持っています。それを強調するためにも、オープニング以外ではエロティックなイメージを強調しないように意識しました。一方、オープニングは、ペリーの脳内イメージとして、接触への渇望を象徴的に表現できるのではないかと思い、例外的にあのような映像になりました」