「我ながら不思議だなと思っています」
コロナ禍を経たことによって切実な青春映画に
―――劇中では、ペリーが他者に触れる、あるいは触れようとする描写に比べて、他者から触れられる描写は多くありません。バイト先の同僚・マリに髪を結んでもらうシーンは、ペリーの身体に他者の手が伸びる数少ない描写の一つです。
「先ほどの話に繋がりますが、このシーンを撮る際も、大げさにではなく、ささやかな瞬間にしたいという思いがありました。この映画では終始ペリーの主観に寄り添って、彼のパーソナルな部分を描いているわけですが、それを積み重ねることによって、マリちゃんにとっては些細な瞬間でも、ペリーの主観においてはとても大事な瞬間である、ということが映像として見せられたらいいなと」
―――ペリーの主観がしっかりと感じ取れる、素晴らしいシーンだと思いました。後半では、ペリーが狭い箱の中で、顔も名前も知らない他者と電話越しに会話をする、不思議なアルバイトが登場しますね。
「接触によるコミュニケーションと対になるものとして、電話というモチーフを取り入れることは、物語を着想した最初の段階から明確にありました。製作がある程度進んだ段階で、周りから『テレクラみたいですね』って言われて、それ自体よく知らないものの、『確かにね』と思いました(笑)。結果的に類似しただけで、意識したわけではありません」
―――キャスティングについても伺いたいと思います。映画監督としてもご活躍されている横田光亮さんを主演に起用した経緯を教えてください。
「横田君と初めて会ったのは沖縄国際映画祭でした。私は作品を出品していたわけではなく、企画のコンペティションに参加していたのです。その時はほとんど話さなかったのですが、整った容姿に目を奪われる一方、内面にはコンプレックスがあるのではないかと直観して、企画書の段階でTwitterを介して、『出演依頼をしたいので一度お会いしませんか?』と連絡をしました。カフェでお会いして、主人公を演じてほしいと伝えると同時に、コンプレックスについてお話したところ、ご本人が『それでしかないです』と仰って。そこから彼のコンプレックスや傷ついた経験についてじっくり話を聞きました。横田君とは現場入りする前からそのようなやり取りをしていたので、クランクインの時にはすっかりペリーでいてくれました」
―――ファーストコンタクトの段階で、横田さんの内面的な部分や役柄との親和性を見出したのですね。
「役者さんと一口に言っても色々なタイプがいますよね。自身のパーソナリティとかけ離れた役を演じて本領を発揮する方もいるし、監督側も役者の新しい一面を引き出したいという思いが強い方もいる。でも、どちらかと言うと、私はキャラクターとどこかで深くリンクしている方をキャスティングしたい。2019年に監督した『愛しのダディー殺害計画』のダディー役の方とも、それまでは一回しかお会いしたことがなかったのですが、『こういうところありますよね?』と聞いたら、『そうなんだよ』と言ってくれて、役に深く入り込んでくれました。もちろん、役柄と演じ手の性格が全部一致していることを望んでいるわけではないですが、本質的な部分に共通点があればいいなとは思っています」
―――本作は2017年に撮影されましたが、もしコロナ禍以前に公開されていたら、少し突飛な作品に思われたかもしれません。しかし、人との接触が疎んじられたコロナ禍を経た現在、すごく切実な青春映画になっていると思いました。
「そうですね。とはいえ、ポストプロダクションにじっくり時間をかけた結果、2023年に公開する運びになったので、狙ったわけではありません。でも、格好のタイミングだと思いました。序盤にペリーの母親が玄関口で手を消毒しているシーンがありますが、今となっては日常ですけど、当時はそんな習慣はなかったじゃないですか。我ながら不思議だなと思っています」
―――役者さんの本質を見抜いたように、計らずも時代を予見してしまった、イリエ監督の直観力に驚かされます。話は変わりますが、ROTH BART BARONによる音楽が青春映画としての味わいを引き立ていると思いました。音楽はどのようにしてお決めになりましたか?
「今回、劇中曲として『氷河期#1』、エンディング曲として『氷河期#2』の2 曲を使用させていただいたのですが、どちらも書き下ろしではなく、アルバム『ロットバルトバロンの氷河期』(2014)に収録されている既存の曲です。実は、本作の企画書やシナリオを書いている段階からよく聴いていました。既存の曲なので使えないだろうなと思いながらも、編集作業の際に、仮に映像に当ててみたところ、あまりにもしっくりきまして…。ダメもとでお願いしたところ、贅沢なことに2曲も使用させていただけることになりました。後半部分は、音楽が果たしてくれた役割はとても大きく、お願いして本当に良かったと思っています」
―――先ほどの質問で、私は本作を青春映画と呼んだのですが、監督の中では「青春映画」を撮っているという意識はありましたか?
「実はそういう意識がなかったので、そのように言ってもらえて、すごく新鮮でした。ペリーの悩みは、端から見れば生きていく上で支障のない些細なものに見えるけど、本人にとっては世界を変えてしまうほど切実な問題であるわけで。そういう主観と客観のズレみたいなものは青春時代に強く出ますよね。実は現在、長編映画の企画を考案中なのですが、主人公はキャリアの終わりに直面しているダンサーなんです。人生の後半戦、終わりに向けてのお話を準備している現在から振り返ると、『触れッドペリー』は、“等身大”っていう意識で作っていたと思います」
――― 最後にタイトルについてお伺いしたいと思います。一度目にしたら忘れられない題名です。どのようにして着想しましたか?
「私はプロジェクトに取り掛かる時に、パソコンにフォルダを作るのですけど、この映画に関してはフォルダ名がすでに現在のタイトルでした。主人公の名前も最初から決まっていました。ギャグのような響きもありますし、世に出す前に一瞬『変えるべきかな?』と思ったのですが、あまりに馴染んでいたので変えられませんでした。英題は『TOUCHEDPERRY』。TOUCHED という言葉は、触れられるということ以外にも、心が動かされるという意味も含んでいます。また、“TOUCHED“と邦題の“触れッド”は韻を踏んでいて…と色々分析はできるのですが、全部後付けですね。初めに言葉が降りてきたというのが正直なところです」
―――最初から『触れッドペリー』だったのですね! 主人公が着ているFRED PERRYのポロシャツとの兼ね合いでお付けになったのだと思っていました。とても大胆なネーミングです。
「創作に励む上で、私の中には人格が2つあってですね。直観にしたがって勝手に物事を推し進めていく人と、客観的に『それどういうこと?』とか『良いと思うけど実現するのはすごく大変だよ』とツッコミを入れるプロデューサー的な人。今回は、初めて映画を監督するということもあり、前者を自由に走らせた方がいいかなと思ったんですよ。題名や主人公の名前以外でも、ロケ地のイメージに関してもそうですね。『探すのが大変だよ』と心配する自分がもう1人いるんですけど、脚本を書いている自分がどんどん暴走していくので、『しょうがない、探すしかないか』と。何のコネクションもなく突然訪ねていって、撮影の協力をお願いしたロケ地も多かったのですが、快諾してくださる方々ばかりでした。幸運に恵まれましたね」
―――作品の真髄に触れる、興味深いお話を伺えて嬉しく思います。ありがとうございました!
2023年3月10日(金)~3月16日(木)アップリンク吉祥寺にて1週間限定上映
【作品情報】
作品タイトル:『触れッドペリー』
41分/シネスコ
監督・脚本:イリエナナコ
キャスト:横田光亮、野田英治、佐倉星、不二子 他
音楽:ROTH BART BARON (SPACE SHOWER MUSIC)
スタッフ:
撮影/JUNPEI SUZUKI
録音/中島浩一
助監督/田中麻子、小川修平、川崎僚、
美術/熊澤一平
衣装/萩原慎太郎、ヘアメイク/東川綾子
スチール/小野寺亮
ポスターデザイン/徳原賢弥
公式サイト
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