台風クラブ 映像の魅力
撮影監督を務めた伊藤昭裕は、本作と並ぶ相米慎二の代表作『ションベンライダー』(1983)のサブカメラを担当。元々は、数々の実験映画で知られる寺山修司の作品に携わっており、既存の映画のルールから逸脱する相米流の画面づくりと親和性は高い。
しかし本作では、寺山の『書を捨てよ町へ出よう』のようなカラーフィルターを用いた派手な色彩設計や、奇をてらったカメラワークはほとんど見られない。代わりに際立つのは、被写体を観察するような一歩引いた構図のあり方と、台風の到来によって変化する自然の表情を抜かりなく収めるセンスである。
私生活のトラブルを授業に持ち込み、生徒たちからの評価を落とした梅宮が、ホームルームで美智子と口論を交わす長回しのカットを見てみよう。初めは教室の中から2人の口論を収めていたカメラは、他の生徒に火種が飛び、クラス全体が騒ぎ出すと廊下に飛び出し、窓越しから教室全体を映し出す。教室で暴動が起きると、カメラは再びゆったりとしたスピードで教室の中に入り込み、梅宮が怒鳴り声を上げ、事態を収束させるまで一息で見せきる。
極めて複雑かつ高度なカットだが、カメラの動きが人物の動きと事態の進展に完璧に連動しているため、カメラワークだけが突出することなく、注意して観ないと長回しであることに気がつかないほど。その上驚くべきことに、このカットでは強風に揺られる木々のそよぎも背景にしっかり収めており、台風の予兆も表現している。観る者は作品のコンセプトを体現する、一糸乱れぬ映像表現に痺れること間違いないだろう。