「小津の言葉に触れて心が震えた」
『東京物語』のロケ地でも撮影
―――今までとは異なる角度から、藤さん主演の映画を撮りたいというお気持ちが根本にあったのですね。シナリオはスムーズに書き終えられたのでしょうか?
「シナリオを書き始めようとしていた頃、コロナ禍に入ったばかりで、世の中は緊急事態宣言真っ只中。ずっと部屋に籠りっぱなしで、毎日することもなく、『もう一生、映画が撮れないんじゃないか』と、ネガティブなことばかり考えていました。
そんな中、映画人生で何をやっておきたいかと考えた時に、藤さんに自分の思いの全てをぶつけたシナリオを渡したいなという気持ちがふつふつと湧いてきたんです。『制作資金やスポンサーのあてもないけど、藤さん主演で映画を撮りたい』という一心です。
それから『今、藤さん主演で映画を撮るんだったら、どんな作品が相応しいだろうか』と考えを巡らせて、シナリオ執筆に取り掛かりました」
―――結婚を巡る父と娘の物語や、タイトルや尾道が舞台になっている点から、戦後の小津安二郎作品を想起しました。本作を作る上で、小津の映画は意識されましたか?
「もちろん小津監督の作品は大好きですし、実際、撮影の時に『東京物語』で使ったロケ場所を使わせてもらいました。撮影していて、本当にリスペクトの魂が震えましたね。
尾道の映画資料館には、小津監督の言葉が展示されていて、正確には引用できないのですが、『僕の映画は派手なアクションや刺激的な出来事も起こらず、家族の些細なことを描いていくんだけど、これからの世の中にはそういう映画も必要なんじゃないか。できれば僕はそういう映画を撮り続けたい』といった文言だったかと思います。
それを見た時に、本当に心が震えたというか、現在でも十分に通用する言葉だと思います。僕も映画人の端くれですけど、全力でささやかな家族の映画を作ってみたいなと、本作の制作を後押しされたような気持ちになりましたね。ロケハンには藤さんも同行されたのですが、その文字を一緒に眺めました」
―――小津監督には他にも「僕は豆腐屋だから豆腐しか作らない」という有名な言葉があり、それも本作と深い結びつきを感じさせます。さて、藤竜也さん演じる辰雄が麻生久美子さん演じる娘・春と食事をした帰り道のシーンでは、本当の親子がじゃれ合っている姿を見ているようでした。あのシーンはどのようにして演出されましたか?
「藤さんも麻生さんもご自身の中で役をしっかり掴んでくださり、僕は必要最小限のカメラワークでワンシーンワンシーンを記録していくように撮るだけでしたね。だからいわゆる演技指導といった意味での、演出っていうのはあまりしていないんですよ。それが逆に、本作で僕が行った演出であると言えるかもしれません。
表現したいものを過剰に見せるということはせず、ただ俳優さんの良いお芝居、その場の“現象”を撮影させていただく、という意識ですね。お芝居に関しては、僕からは何も言うことがなく、基本的にはワンテイクで終わり。撮影はめちゃくちゃ速かったですよ。この作品ほど撮っていて楽な映画はなかったですね。贅沢な現場でした」
―――夜の商店会を歩くシーンで藤さんが突然「ずいずいずっころばし」という童謡を歌われますが、藤さんのアイデアでしょうか?
「そうです。藤さんが『これ歌ってもいいかな』と仰ったので、僕は『どうぞどうぞ』と」