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「好きなんですよね、そういう話が」
長編デビュー作との共通点について

宮城夏子
写真宮城夏子

―――よく見ると弓子の部屋には美術展のポスターが貼られていますが、彼女は美術に造詣が深い女性という設定なのでしょうか?

「そういうわけではなかったですね。ただ、美術部と相談する中で、根津、谷中近辺のアパートに住んでいて、積極的に美術を研究しているわけではないけれども、何となく文化の香りに触れたがっている。時々美術館などに行って、豊かな世界に触れるのは好きである、という設定はありました」

―――塩田監督の過去作との関連では、『月光の囁き』を想起しました。つぐみさん演じるヒロインが水橋研二さん演じる主人公に、自身と先輩の性行為を見せるシーンがありますが、物陰に隠れて見る主人公の視点からは、行為の全体が見えません。本作では芳賀が春画をトリミングする場面が印象的ですが、『月光の囁き』の演出をまた別の形でおやりになっていると思ったのですが、いかがでしょうか?

「『月光の囁き』をディテールにおいて意識していたわけではないんですけども、同じようなテーマに、また違った形で再トライしているという感覚はありましたね。

それは要するに、プラトニズムとマゾヒズムの入り混じった世界を描くということです。『月光の囁き』では、まだ十代の多感な少年少女たちが右往左往しながら演じていく。春画先生ではもう少し経験のある大人の話として、ゲーム的というよりかはプレイと言った方がいいのかもしれないけど、あるファーマットを模索しながら人物が動いていくっていうことなのかな」

―――『月光の囁き』では、主人公の少年の特異な性癖によって、彼と対峙するヒロインに新しい欲望が芽生えていきます。一方『春画先生』のヒロイン・弓子も芳賀と出会うことで、思いも寄らぬ欲望に目覚める。その点でも両作は通じ合っていると思いました。

「そこは通じていますね。まったく同じと言ってもいいくらい。好きなんですよね、そういう話が」

――― 一方で本作には『月光の囁き』には無いモチーフも描かれていますよね。芳賀には弓子に亡き妻を重ねて見ているところがあります、映画『レベッカ』(1940/アルフレッド・ヒッチコック)を想起しました。

「『月光の囁き』は青春を生きる少年少女のパッションを描くのが主眼だったわけですが、大人の世界を描くにあたっては、その多感な時期特有のパッションとは違うものを持ち出さないといけないわけですよね。だからより手練手管が複雑になるところはあったかなと思います。

そこで、春画をテーマに据えるにあたり、春画を巡って変化していった日本人の性愛に対する意識の流れをドラマに反映させていくということを思い付きました。人物たちの欲望の変化と意識の変化、関係性の変化を、春画の辿った歴史と重ね合わせているのですけど、観ていて分かりました?(笑)」

―――今仰ったモチーフは所々、セリフで言及されていましたね。明治以降、文明開化にともない西欧のキリスト教的な価値観が輸入されることで、それまで日本人が持っていた、性愛に対する大らかな姿勢が失われていく…。

「キリスト教が嫌いでしょうがないみたいな感じになっていますけど(笑)。決してそういうことではありません。僕自身は別にキリスト教徒でも何でもないですけど、明治維新後の価値観に露骨に支配されているわけで、逃げようもないものに支配されているということを意識しつつ撮っているわけです」

―――本作の見え方をより深いものにするお話だと思います。

「先の話には続きがあります。明治維新以降、止まってしまった春画の歴史を登場人物のドラマに重ね合わせるにあたり、重要なのは、春画が否定された頃、時を同じくして映画の歴史が始まっているということです。正確には日本で禁止された春画が西洋に渡って印象派とかウィーン分離派とかに絶大な影響を与えていくその頃、映画の歴史が始まるわけですけども、日本の性愛の歴史と映画の歴史が、なぜが僕の中で重なったんですよ。

今回の映画では、今に至るまでの映画史的な事象を自分なりに紡いでいきたいっていうのかな、自分が受けた影響をこの映画の中で出していきたいっていう気持ちがありました。

ちなみに、ヒッチコックは明らかに意識していた名前なんですよ。『レベッカ』を意識していたかは分からないけど。『めまい』だったのかもしれないですね。サスペンスというよりはメロドラマの傑作として『めまい』は、どうしても意識せざるを得ない映画で、こんな偉大な映画を意識しては負けるので、絶対に意識してはいけないと思いながらも、やっぱり本作にも影響を与えていますね。

とはいえ、確かに、亡くなった妻への想いに取り憑かれている中年紳士というモチーフは『レベッカ』ですよね。もしかしたら、それも影響していたのかもしれないですね」

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