「『どう動こうか』と一緒に考えていきました」
動きの演出について
―――キャスト陣が全員素晴らしいと思いました。とりわけ、辻本を演じた柄本佑さんのお芝居からは、自由であると同時に極めて周到に振付けがなされているといった印象を受けたのですが、塩田監督ご自身が実際に動きをやってみせる、といった演出をなさったのでしょうか?
「僕は基本的には言葉でしか指示はしないですね。この映画の中で、柄本君が一番自由に動いていますよね。現場では振り付けをするというよりかは、『どう動こうか』と一緒に考えていきました。
柄本君が演じた辻本は『俺は江戸の風に生きているから』という一言で済ませてしまうような、この映画の中で最も自分を束縛していない人じゃないですか。一番自由に動かなきゃいけない人だったので、現場では柄本君に『これ、どう動いてみようか?』と問いかけて、『こんなのどうですか?』とやってくれる動きを、『それいいね!』などと言いながら撮っていきました。役者によってちょっと演出は違うかもしれないですね」
―――プレス資料によると、北香那さんには増村保造、内野聖陽さんにはルイス・ブニュエルの作品を観てもらったそうですが、柄本さんにも見てもらった映画があったのでしょうか?
「柄本君には特別に何か映画を見てもらったということはないです。見せたのは主役二人ですね。安達祐実さんにも特に何も見せていません。
安達さんと初めて会ったのは、衣装合わせの時かな、その時から『私全て理解しています』というオーラが凄かったです。現れるなり『安達です』って僕をフッと見る目が完全に『お前の内面全てを私は把握している』っていう感じで、もう狼狽えるしかなくて(笑)。すでに一葉の感じで、『完全に分かっていますから』みたいな(笑)。安達さんとは初顔合わせでしたけど、凄い女優さんだと思いました」
―――今回、黒沢清監督作品でお馴染みの芹澤明子カメラマンと組まれています。芹澤さんと組まれるのは初めてでしょうか?
「僕は20代の時に、企業用ビデオのディレクターをやっていたんですけど、芦澤さんとはその頃からの知り合いで、80年代に一緒に仕事したことがあるんです。
その後、BS-TBSで『あした吹く風』(2002)という、昭和の東京が舞台のハイビジョンドラマを撮ったのですが、そのカメラマンが芦澤さんでした。『いつかまた一緒にやりましょう』と言いながら、中々機会が巡ってこなかったのですが、今回の作品は芹澤さんの世界なのではないかと思い、お願いしました」
―――芦澤さんの撮影スタイルのどのようなところが、本作に打ってつけだと思われたのでしょうか?
「『あした吹く風』で、芦澤さんに狭い日本家屋を色々と撮り分けていただいた記憶があって、『和の世界だったら芹澤さんかな』と思ったんですよね」
―――いつもの塩田監督の作品に比べて、登場人物を真正面から捉えるカットが多いと感じました。
「そうですね。実は、小津監督のように人物をきっちり正対で捉える、または、空間に対してシンメトリーに構えることを嫌がるカメラマンは多いのです。
左右上下いずれかにずらしたりして、人物の真正面には絶対に入らないというのが伝統としてある。それはシンメトリーの構図が、奥行きに乏しくフラットな印象になるからなのですが、芹澤さんはシンメトリーの構図を絶対に嫌がらない。
今回、芦澤さんにカメラをお願いしたのは、そうした意図もあったのかもしれない」
―――今回、シンメトリーの構図を多用しようと思われたのは、どのような理由からでしょうか?
「松竹大船調、あるいは東宝文芸映画の雰囲気を随所に出していこうって狙いがあったんです。それは先ほど言った、日本人の性の歴史に向き合うと同時に、映画の歴史にも向き合うという問題意識につながります」