「団地のイメージには個人的な経験が色濃く反映されている」ロケ地の特徴を生かした映画ならではの演出
―――ロケ地で言いますと、市子が暮らす団地は複数の出来事の舞台となる非常に重要な場所ですね。団地選びは相当こだわられたのではないでしょうか?
「そうですね。綺麗にリノベーションされた団地はイメージと違うということで、戦後間もない時期に建てられたような古い団地を探すことになったのですが、内容が内容ですし、コロナ禍ということもあって難航しました。
でも根気よく探していただいた結果、和歌山の団地で撮影させていただけることに。東大阪という設定ではあるのですが、団地を拠点にして、他のロケ地も和歌山を中心に組み立てることにしました」
―――ちなみに戸田監督は奈良県ご出身ですね。団地にお住まいになった経験はあるのでしょうか?
「住んだことはありませんが、私が通った小学校の学区内に団地があって、中学生まではそこに住んでいる子たちとよく遊んでいました。今考えると、近くには元々部落だったところがあったり、赤線に女の子を斡旋していた色町があったりして。
これは『市子』に関係するポイントなのですが、同級生に小学校2年生の時に突然下の名前が変わった子や、いつも同じボロボロの服を着ていた子がいました。
当時はほとんど疑問に思わずに一緒に遊んでいましたが、大人になって思い返すと、名前が変わったことがすごく不思議で。この映画の団地のイメージには個人的な経験が色濃く反映されています」
―――そうだったのですね。市子の家が団地の一階であることは、場面を構築する上でとても重要だったのではないでしょうか。
「そうですね。とある人物がベランダ越しに部屋の中を覗き見るというアクションがありますから」
―――言及されたシーンは手持ちカメラによる長回しで撮られていますね。玄関を出た先に小さな出窓があり、登場人物がそこから室内を覗こうとして諦める動きを取り入れるなど、ロケ地の特徴を存分に活かした映画ならではとも言える演出をなさっています。
「ありがとうございます。あの部屋をロケ地にしたのは、出窓の手前に大きな木があって、窓が隠されている。これが決め手だったんです。市子の家族には重大な秘密があって、それが露呈しないように隠しているわけで、そういう点とリンクするなと。細かいところですけど、あの木がすごく重要でした。
あとは角部屋なので、玄関から回り込んでベランダ側にも行ける。ご指摘のシーンでは、登場人物が玄関からベランダ側に移動するのをワンカットで撮っています」