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「この映画を面白いって言ってくれる人には女性が多い」
辰巳を“マッチョなヒーロー”にしなかったワケ

小路紘史監督 写真: 武馬玲子
小路紘史監督 写真 武馬玲子

―――他媒体掲載の小路監督のインタビューによると、森田想さん演じる葵は元々男性の設定だったとのことですね。葵を女性に変更した理由は何でしたか?

小路「少年の役で募集したところ応募が殺到しました。めちゃくちゃ見たんですけど、2人のヤクザを殺して辰巳と一緒に旅をするっていうキャラクターですから、それに合う役者を探すのがとても難しく、キャスティングに難航して、そんなタイミングで、想ちゃんに出会って、性別は違うけど、この人だったら託せるかもしれないと思ったんですよ。なので、
作劇上の理由というよりかは、求めている芝居ができる人がたまたま女の子だったということなんです」

―――ノワールものの多くは、女性が男たちの欲望の対象として描かれることが多いですよね。本作でも葵は利害を異にする男たちの間で身柄の引き渡しの対象になりはしますが、それ以上に、自分の欲望を叶えるために主体的に行動します。少し踏み込んだ解釈なんですけど、終盤で姉の思い出話をするシーンで葵は姉・京子の彼氏と付き合った経験を語ります。姉妹が一人の男を共有し合う、あるいは翻弄するような構図がここにはあって、辰・葵・京子の関係性にもそれに近いものが見えてくる気がします。

小路「僕としては、女性だからとか男性だからっていうことで見るよりも、全部取っ払って1人の人間として、葵が主人公の辰巳を翻弄するっていうところが 面白いと思ったんです。でも確かに、葵と辰巳のような関係性は昔じゃあまり描けなかったかもしれませんね。辰巳の前で京子と葵が口喧嘩をするシーンは後藤さんも『めちゃくちゃ好き』って言ってくれたんですよね」

後藤「女の子が主体的にアクションを起こしていって男の人を翻弄する作品ってそんなに多くないですよね。言われるまで意識してなかったですけど、辰巳は終始受けに徹していますもんね」

―――本作の冒頭で弟に暴力を振るうシーンがありますけど、それ以外は辰巳が主体的に誰かに暴力を振るうシーンってほとんどないと思います。人を殴ったり傷つけたりする代わりに死体を解剖する、あるいは怪我人をケアするといった身振りが目立ちます。辰巳をいわゆるマッチョなヒーローにしなかった理由は何だったのでしょうか?

小路「確かにマッチョなヒーローではないですよね」

後藤「辰巳というキャラクターを頭の中でどう描いていたんですか?」

小路「シナリオの時は絶対にこういう風なキャラクターにしたいと思って書いているわけではないんですけど、デビュー作の『ケンとカズ』も過去に囚われた男がそれを乗り越える話なのでそこは共通していますよね。今回の場合は葵も重要で。辰巳の弟が死んだ車に1人乗り込んでエンジンをかけて進むっていう。過去を乗り越えて未来に踏み出すということを、辰巳と葵という2人の人物で描けたらいいなと思ったんですよね」

―――マッチョな男の人がグイグイ引っ張って行くような映画なのかなと思いきや、男の繊細な部分、あるいは脆弱な部分が描かれていますよね。辰巳はケガの手当てに長けているけど機械の修理は苦手ですよね。一方で葵は機械の修理に長けている。本作ではどこか今まで映画が描いてきた男と女のステレオタイプが逆転しているようなところがあります。

後藤「わざとそうしていたの? たしかに男と女が入れ替わっている印象がありますよね。少しズレるかもしれないけど、東京国際映画祭で上映した時にわりと辛辣な意見があって」

小路「東京国際の時は審査員の一人に『女性が暴力を振るわれているっていうのがホント許せなかった』と言われて」

後藤「でも実際はそういう見方以外の捉え方もできますよね」

―――むしろ葵はそうしたリスクを引き受けて、主体的にアクションをする人ですよね。他の人が止めても決して聞こうとしない。

小路「この映画を面白いって言ってくれる人には女性がすごく多いんです。中には、社会問題に関心があってアンテナを張っている方もいて。性別の壁を取っ払って、人と人が関わっていく中で成長していく物語が出来ればいいなと思っていたので、そういう方に『刺さった』って言ってもらえるのは嬉しいですね」

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