撮影日数は破格の5日間…。
カメラマンと衝突して号泣した夜
―――制作現場でのエピソードも伺いたいと思います。本作は2019年の12月31日から2020年の1月4日にかけて撮影が行われ、計5日間という超早撮りで制作されたそうですね。5日間で長編映画を撮るというのは並大抵のことではないと思うのですが…。
「今までの監督作の中でも異例中の異例でした。僕も近年は、ありがたいことに、テレビドラマを演出する機会が増えたんですけど、『ジャパニーズ スタイル/Japanese Style』はプロの製作現場とはまた違う、自主映画的な無茶を貫きとおした、もしかしたら最後の作品になったのではないかと思います。品質管理が行き届いたプロの現場にはない、自主映画ならではのほとばしる熱って、実際にあるんですよ。本作を撮影した5日間でも、形容しがたい虹色の炎が何度も吹き上がって、完成した作品にもその輝きが随所で詰まっていると思います」
―――長回しを多用した撮影スタイルが印象的です。カウントダウンの花火のシーンに顕著ですが、風景も役者のアクションも、その瞬間を逃したら二度と見ることができない、一回かぎりの輝きがギュッと詰まっていると思いました。リハーサルやテストはなさったのでしょうか?
「テストは一応やっています。トゥクトゥク(タイの三輪タクシー)の走行シーンも多いので、乗る前に動きなどを指示して。居酒屋で界人君と武田さんがやり合うシーンもそうですね。テストで出た芝居に対して、演者とディスカッションをして、『もっとこうしたい』という思いをぶつけて、あとは本番に全部出してもらうみたいな。基本的には、台本に準じたセリフを言ってもらっているんですけど、相槌とか、ふとしたリアクションは台本には書かれておらず、役者さんたちが自然に反応してくれています。吉村君と武田さんは、細かいアドリブで、テレビドラマにはない、生々しさを作品にもたらしてくれました。2人の芝居には現場でも感動させられたし、感謝でいっぱいですね」
―――居酒屋のシーンでは、三浦貴大さんと日高七海さんによる、ネジが飛んだカップルが登場します。ユニークなセリフが飛び交っていましたね。
「『モラトリアム乾杯』とか『社会人スマッシュブラザーズ』とか(笑)。自分で書いておきながら、成立するのか不安でしたが、三浦さんと日高さんは、説得力のあるお芝居で、血の通ったセリフにしてくれました。本当は僕、テレビドラマとかでも、そのようなセリフをどんどん入れていきたいんです。実際、現実社会にも普通とは違う、妙なボキャブラリーを持っている人はいるはずですし。とはいえ、もし仮に、テレビドラマの脚本に『社会人スマッシュブラザーズ』というセリフを入れたとしたら、プロデューサーから『これどういう意味ですか?』と言われてボツになるのがオチでしょうね。今後僕が、カンヌ国際映画祭とかで賞を獲って、世界的に認められたら、『ボキャブラリーが武器』って胸を張って言えますし、そうなってくるとどんな規模の作品であっても、好きなセリフを作品に詰め込むことができると思うので、もっと頑張らないといけないですね」
―――撮影に臨むにあたり、カット割りは事前に決めていたのでしょうか?
「シーンによりますが、今回は、現場で構図を決めていくことが多かったですね。ただ、ファーストカットは、界人君のクローズアップでいくと、最初から決めていました。所々でインサートされる神社のシーンは、撮影が進行する過程で『このイメージは必要だな』と思って、急遽シナリオに付け加えました。よって、このシーンだけ5日間とは別に撮っています」
―――謎が解けました。というのも、スケジュールをなんとなく考えながら拝見していたんですけど、絶対に5日では収まらないなと思って。
「絶対収まらないですよね。神社のシーンも、“タイタニック風”のポーズをとってみようとか、現場でアイデアを生み出して、即興的に撮っていきました。撮影から3年経ち、その間、様々な作品を監督することで、事前に想定したイメージを堅実に撮っていくスタイルが身に着いたのですが、前もって決めたことを現場で壊して、再構築するのが理想の作り方かもしれないと今は思っています。撮影の栗田東治郎さんは、多くの作品で組んでいるカメラマンなんですけど、今回はタイトなスケジュールの中、知恵を絞ってフレキシブルに対応してくれました。でもここだけの話、一回、カメラワークのことで喧嘩して泣いたことがあるんです。1月2日の夜だったと思いますけど…」
―――そんな事件があったんですね! どのシーンで意見が割れたのでしょうか?
「武田梨奈さん演じるリンが電話をして、とあるアパートの前にワープするシーンですね。電話しながら武田さんの体がちょっとずつ引きつけられていくのですが、ホラーテイストにするために、移動ショットで撮りたかったんです。とはいえ撮影は深夜に及んでおり、スタッフや演者の睡眠時間も確保する必要がある。移動ショットにはセッティングに多少時間がかかりますから、カメラマンは現場の状況を考慮して、フィックス(固定)のカットにしようと。僕は編集も担当しているので、作品を良くするためにどんなカットが必要なのかを理解しています。その上で『このカットは移動で撮らなければ意味がない』と伝えたのですが、それに対して『監督なんだから、みんなのことを考えて』と言われてしまい…」
―――現場の情景が目に浮かびます。移動で撮るのと、フィックスで撮るのとでは印象がまったく異なりますものね。
「僕だけじゃなくて、みんなの映画じゃないかと思いながら、裏の駐車場に行って一人で泣いていたら、その様子をメイキングカメラに撮られていました(笑)。その後、しばらく経って、助監督さんが呼びに来てくれたんですけど、僕が裏で泣いている間に、移動撮影の準備を始めてくれていました。涙拭いて戻ったのに泣いていたのがバレて、栗田さんからは『泣かなくてもいいからさあ』という言葉をかけてもらいました」
―――ハッピーエンドで良かったです(笑)。
「ただ今回の事件で、“泣くとスタッフが優しくなる”ということに気づいてしまったので、味をしめるとヤバいなと思っております(笑)」
―――劇中のとあるシーンで「こんな絵、見たことない」というセリフがありますが、自己言及的な意味が込められたセリフだと受け取りました。こんな映画見たことない。
「ありがたい感想です。テレビドラマも含めて、世の中には面白い映像作品が星の数ほど存在しています。そんな中、観る人に『なんだこの体験は!』と思わせるものじゃなかったら、新しい作品を作る意味ってどこにあんねん、とは常に考えていますね」
―――本作を制作する上で、参考にした作品や影響を受けた作品はありますか?
「付き合っていない男女が、限られた時間で仲を深めていくという点に関しては、リチャード・リンクレーター監督の『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』でしょうか。初対面の男女が細かい雑学や過去のエピソードを披露し合うのですけど、それが伏線になるわけでもなく、まるで本当にその日初めて出会った人同士の会話を聞いているような気持ちになる、大好きな作品ですね」
―――『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』は人間関係の風通しがすごく良い作品ですよね。それは、『ジャパニーズ スタイル/Japanese Style』にも真っすぐ通じるものです。
「昨今はSNSでコミュニケーションをとるのが普通ですが、ネットではなくリアルでも、赤の他人と気軽に交流できるようになれたらいいのに、という気持ちはありますね。一期一会でもいいと思います。一度かぎりの交流を楽しめるようになれば、日本に住んでいて、海外旅行に行けなくても、東京にあれだけ人がいて、スクランブル交差点ですれ違う人を敵だと思うこともなくなるのではないか。とはいえ、僕の中にも『すれ違う人はみんな敵だ』というクローズドな自分が確実にいて、そういうネガティブな考えをひっくり返したいという思いで作品を作っています」
―――『ジャパニーズ スタイル/Japanese Style』を観ると、他者に対して心が開いていくような気分になります。
「ありがとうございます。トゥクトゥクの運転手とか、すごくオープンマインドで」
―――トゥクトゥク自体、外に開かれている乗り物ですものね。
「風通しがいいですよね。トゥクトゥクに関しては界人君のアイデアですけど、本当に良いチョイスだったと思います」
(取材・文:山田剛志/映画チャンネル編集長)
【作品情報】
『ジャパニーズ スタイル/Japanese Style』
監督:アベラヒデノブ
企画:アベラヒデノブ 吉村界人 武田梨奈
脚本:アベラヒデノブ 敦賀零
プロデューサー:雨無麻友子
撮影:栗田東治郎
録音:寒川聖美
助監督:渡邉裕也
出演:吉村界人、武田梨奈、三浦貴大、日高七海、佐藤玲、フェルナンデス直行
配給:スタジオねこ
12/23日(金)より池袋シネマ・ロサ、ユーロスペースほか全国公開中
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