劇中で葛飾北斎が果たす重要な役割
映画でもっとも印象的に映し出されるのが、江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎と馬琴が『八犬伝』について言葉を交わすシーン。役所広司が演じる馬琴と、内野聖陽が演じる北斎の会話は狭い一間で交わされる。そこから浮かび上がるのは、彼らの気の置けない関係性だ。
ふたりの性格は全くもって異なる。竹を割ったような性格であっけらかんと話す北斎に対して、馬琴は自らも自覚するほどの偏屈さで、紹介状がなければ突然の来客には応じない。
そして、『八犬伝』を書き上げるには北斎の挿絵が必要だと必死で頼み込むのだが、北斎はそんな馬琴の目の前であっさりと絵を描き上げては、見せるだけ見せて自ら描いた絵を破り捨てる。
作品を仕上げる過程から子育ての仕方まで、一見、正反対に映るふたり。しかし、北斎が机のない場所で絵を安定して描けるように、自らの背中を机代わりに差しだす馬琴の姿からは、北斎への揺るがない信頼がみてとれる。
加えて、虚のパートである『八犬伝』の一幕がスクリーン上で繰り広げられたあとは、必ずと言っていいほど北斎の読者目線のコメントが入る。
映画館で観ている人の気持ちすらも代弁してくれる北斎の率直な言葉には、誰もが共感の念を抱かざるを得ないだろう。