見応えがあった馬琴と鶴屋南北との問答
そして、この映画で最も特筆すべきなのが、馬琴と北斎が歌舞伎の芝居を観おえたあとに、舞台の下にある奈落の底を案内された際、狂言作者である鶴屋南北と問答をする場面だ。
南北は当日の歌舞伎座で『忠臣蔵』と『東海道四谷怪談』という、史実に伝わる勧善懲悪劇と浮世離れした怪談話を織り交ぜて披露しており、馬琴はその真意を南北に尋ねる。すると、南北は奈落で向かい合った馬琴に対して、史実として残る『忠臣蔵』こそ虚であり、誰もが虚構だと信じる『東海道四谷怪談』が実である可能性を提示する。
身分による格差や近しい者との別れ。理不尽なできごとがたびたび起こる現実だからこそ、虚の物語に正義を重んじる馬琴からすれば、南北の考えは全く相入れないものだった。
実際、舞台の上から奈落を覗き込みながら馬琴と話す逆さまの南北の姿は、まさに対極にある思想をもつ馬琴と南北の立場をイメージしてのものだろう。どちらの言い分にも道理があり、両者ともに目の前の相手が作り上げた作品に対する敬意があるからこそ、お互いに曲げられない信念を真っ向からぶつけ合う。
不敵に笑う南北をのらりくらりと演じきった立川談春と、激情に駆られながらも自らの信念を貫き通す馬琴を体現した役所広司、双方の見事な演技が際立ったワンシーンだった。