正反対の2人が織りなす珍道中
1人で生きることに慣れているキリエと、奇抜な格好でその日暮らしをしているイッコの珍道中。正反対の2人の高校時代と現在の青春が交互に描かれる。
回想シーンを多用した演出によって、実家をスナックに持ち、4代目のママを継ぐ将来しかないイッコが過去と名前を捨て東京でキリエと再会するプロセスが、偶然ではなく必然として描かれている。
イッコは、男の人に媚を売って生きていくのは嫌で家を出たにも関わらず、東京では自分は働かずに男の家を渡り歩き、結婚詐欺を繰り返しており、結局は自分が否定した価値観から逃れられずにいる。
彼女は、奇抜な格好で外見を飾り立ててはいるが、それは空っぽな内面を取り繕うためにある。高校時代の回想シーンでみせる屈託のない笑顔とのギャップが、現在の空虚さを際立たたせる。広瀬すずの佇まいには、『リリイシュシュのすべて』で、いじめっ子から援助交際を強要される少女を演じた蒼井優の面影がどことなく感じられる。
キリエ役を演じるのは、2023年6月に惜しまれながら「BiSH」を解散しソロで活躍するアイナ・ジ・エンド。今作で映画初主演を飾った。監督の岩井は、「映画チャンネル」のインタビューにて「アイナの歌声を聴き、思わず執筆の筆が止まった、その才能に心を奪われた」と語っている。
路上ライブのシーンでは、イッコのアイデアによって、あいみょん、米津玄師、優里など、今をときめくアーティストから、オフコース、さだまさしと昭和から現在まで聴かれ続ける名曲まで幅広くカバー。アイナの唯一無二の歌声によって、耳慣れたポップソングがまったく新しいものとして生まれ変わる。
一方、本作ではカバー曲のみならず、音楽プロデューサー・小林武史によるオリジナル楽曲もふんだんに使われている。今作で岩井が小林に依頼した曲は全部で4~6曲という提案だったが、小林は更に何曲も書いてきてくれたという。アイナの歌声が小林の創作意欲をかき立てたのだと思うと、彼女のファンならば誇らしい気持ちになるだろう。