江戸時代に遡って作品を説く
この事件がなぜ当時、大事件として扱われたのか。それは時代背景も影響していると思われる。時は江戸時代、元禄年間(1688~1704)は、江戸幕府創立からおよそ100年、盤石の政治体制の下、治安も経済も安定し、江戸幕府創立時には約1230万人だった日本の人口も、約2900万人とほぼ倍増し、江戸もすでに100万都市となっていた。
少なくとも、武士による「幕府」の政治が行われはじめた鎌倉時代以降、最も平和だった時代だったのだ。「元禄」は単なる元号ではなく、平和を意味する言葉となり、戦後昭和の高度経済成長期、後に首相となる福田赳夫が、太平の当時の世を「昭和元禄」という言葉で言い表している。
そんな平和な時代、一武士が上級武士を斬りつけるという出来事は、世間を大いに賑わせる“一大スキャンダル”であったことは想像に難くない。
さらに本作でも触れられているが、内匠頭に対する罪状が、上野介を斬りつけた“殺人未遂罪”ではなく、江戸城内で刀を抜いた“銃刀法違反”であったことも、いかに当時が平和な時代だったことが分かる。
本作に話を戻すと、原作は、この物語をベースに「身代わり」という設定を加えてコミカルに描いた土橋章宏の同名小説だ。
内匠頭が切腹となった一方で、斬られた上野介も逃げ傷を背中に負い、瀕死の状態に陥る。逃げ傷によって死んだとなれば武士の恥とされ、お家取り潰しも免れない。