あの夜を「思いだす」のは誰か
主語を欠いたタイトルが指し示すもの
清原は本作の公式インタビューで、限定された室内を舞台とした「前作が家にあわせた視点だったとすれば、今回は人の視点という要素が重要になるな」(傍点筆者)と気づいたと語っているが、その言葉とは裏腹に、本作には明白な形で登場人物の視点ショットが登場することはほとんどない。
先述の和菓子屋の場面などで、ときおりある人物の視点と大部分が重なるショットは現れるものの、それらはいずれも当該人物の背中や身体とともに映し出されることで、彼女たち自身の視点からは微妙にずらされている。
では、本作における「人の視点」とはなにを指し示しているのか。もちろん清原も述べる通り、まずそれは、ロケハンと称して街を歩くなかで獲得された「飯岡の視点」であり、そこに託された「清原の視点」でもあるだろう。だが、この映画のカメラはそうした製作者や特定の登場人物の視点にとどまらないいくつかの視点をも、作中に取り込もうとしているのではないか。
『すべての夜を思いだす』という謎めいたタイトルには、主語が欠けている。誰が「見る」のか。そして見ることで「思いだす」のか。二度目のダンスシーンの後で、かつて三人で行った花火をしながら、一年前に死んだ男のことを思い出しているのは、まずは夏と文である。
しかし、次にそこに知珠が現れる。なぜかベンチに座り、花火をする二人を眺める彼女の姿は、はじめは左側から、次に真後ろから捉えられる。画面手前中央には焦点のあった彼女の背中が大写しになり、奥にはぼやけた二人が花火をする姿が映る。くっきりとフォーカスが合い、過剰な存在感を放つ知珠の後頭部と背中は、典型的な知珠の視点ショットとはかけ離れたものとして、観るものに十分な違和感を抱かせる。
そして、夜明け前の公園を捉えた無人の移動ショットを挟んで、再び二人の花火を捉えたショットが現れる。今度は二人に焦点が合っているものの、電灯がない夜の公園では、二人の表情はよく見えない。花火の光に照らされることで、二人が先ほどまでと異なる服を着ていることがわかる。すると二人はカメラに向かい「来なよ」「早く」と語りかける。
この最初で最後の視点ショットは、いったい誰のものなのだろう。それが、すでに死んだはずの文の彼氏が、前回の花火で構えたカメラ越しに夏と文を見つめていた際の視点を示すものであることは、続くカットが、残された彼のフィルムから現像された、花火をする二人の写真を確認する店員のアクションへとつなげられていることからも明らかだ。
だが、それだけでもない。直前の場面で二人の花火を見つめていたのは、彼ではなく知珠であった。二人からの呼びかけは、あたかも花火を見つめている第三者である知珠に向けられたもののようにも見えるのだ。
友人を追悼しつつ、四千年後に彼のことを思いだす人間がいるかを心配する夏と文の言葉は、実に奇妙な形で裏切られる。たまたま見えた夏の踊りを模倣したかと思えば、次には彼女たちの花火を眺めてきた、全くの他人にすぎない知珠は、ここではあの和菓子のように白い上着を着た過去の夏たちを見て、彼女たちがかつて過ごした時間を「思い出している」のではないか。
あるいは自身が多摩ニュータウンに暮らしていたのかもしれない小さいころ、清原は「自分の人生はだれかの夢なのではないかという想像に取り憑かれていた」のだという。自身の大切な思い出が、縁もゆかりもない知珠によって「思い出される」記憶となることは、「自分自身がだれかの幽霊になってしまう怖さ」※1と密接に結びついてはいる。
しかし逆に言えば、誰かが他人のかけがえのない夜を思いだすことのできる世界は、豊かで解放的でもあるのではないか。
花火をする夏と文の視線の先には、これまで微妙な距離を保ちながら彼女たちを見つめてきたわれわれ観客たちもいた。二人のあの夜を「思いだす」のは、「あ、でもこの白いのにするわ」と言わんばかりの気軽さで、たまたま空き時間に映画館を訪れたあなたなのかもしれない。
※1「だれかの幽霊」同上。
(文・冨塚亮平)
【作品情報】
第26回PFFスカラシップ作品
『すべての夜を思いだす』
2022年/カラー/116分
監督・脚本:清原 惟
出演:兵藤公美、大場みなみ、見上 愛、内田紅甘、遊屋慎太郎、奥野 匡
プロデューサー:天野真弓/ラインプロデューサー:仙田麻子/撮影:飯岡幸子/照明:秋山恵二郎/音響:黄 永昌/美術:井上心平/編集:山崎 梓/音楽:ジョンのサン&ASUNA/ダンス音楽:mado&supertotes、E.S.V/振付:坂藤加菜/写真:黑田菜月/グラフィックデザイン:石塚 俊/制作担当:田中佐知彦、半田雅也/衣裳:田口 慧/ヘアメイク:大宅理絵/助監督:登り山智志
配給:一般社団法人PFF
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