マグノリア 配役の魅力
罪悪感に悩む資産家の後妻・リンダを演じるジュリアン・ムーアや、アールに付き添う看護師・フィルを演じたフィリップ・シーモア・ホフマンを始め、メインキャストの大半はPTAの前作『ブギーナイツ』(1997)の出演者でもある。気心の知れたPTAの演出に身をまかせ、充実の芝居を披露している。
人に見せたくないような醜悪な部分にも容赦なくフォーカスをあてるPTA作品において、キャスト陣の芝居はフィクションの枠組みを超え、強いリアリティーを醸し出す。
アールの息子・フランクに扮したトム・クルーズは、言わずと知れたハリウッドを代表するスター俳優だが、本作では清廉潔白なイメージを裏切るような、いかがわしいナンパ師役を怪演。利発な女性ジャーナリストから詰問を受けるシーンでは、端正なマスクをキープしつつ、ふとした沈黙や視線を逸らす動きによって内面の動きを繊細に表現した。
周囲の大人から寄せられる重圧に悩む天才クイズ少年を演じたジェレミー・ブラックマンも、感傷性を抑えた芝居に徹することで、複数の感情に引き裂かれた不安な心の内を浮かび上がらせる。
その点、本作における役者の感情表現は、観る者の想像力に強く働きかける。フランクが死の床に伏す父・アールに対し「死にやがれクソ野郎!」と罵声を浴びせるカットでは、カメラはトム・クルーズの背後にまわり、アールを演じるジェイソン・ロバーズの寝顔にフォーカスする。
救いのないような感情に見舞われる場面だが、セリフを発する瞬間のトム・クルーズの顔が映されないため、観客には彼の表情を想像する余地が残される。
果たしてトムは冷酷な表情を浮かべていたのか、あるいは、その目には涙が溜まっていたのか。観る者によってシーンの印象はガラッと変わるのだ。