イラン社会のミソジニー(女性蔑視)を浮き彫りにする
アリ・アッバシの鋭い目線
アリによれば、いまだに紛争が続く中東での撮影ということもあり、本作の制作は困難を極めた。アリらは当初イランでの撮影を考えていたが、当局は難局を示し、イランでの撮影予定は破棄。イランの風景に近いヨルダンが選ばれたものの、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で撮影は中止を余儀なくされる。その後はトルコで撮影が進められたが、こちらもイラン当局の介入もあり撮影は中止に。2021年初頭から、規制が緩和されたヨルダンで撮影が進められたという。
アリ自身、「連続殺人鬼の映画を作りたかったわけではない。私が作ろうと思ったのは、連続殺人鬼も同然の社会についての映画だった」と語るように、本作で描かれる“悪”は連続殺人鬼であるサイードではない。むしろ、サイードを生み、彼の行為を正義として熱烈に称賛する社会にある。こうした社会では、男たちの欲望が制度的に隠蔽され、日々の生活のために身体を売らざるを得ない娼婦たちの「生きる」が抜け落ちている。
本作の舞台であるイランは、イスラム教国であり、ヒジャブの着用や殉教など、私たち日本人には理解できない点も多々ある。しかし、近年のネットでみられる「私刑」など、社会や大衆が凡庸な悪に染まっていく例は、私たちの社会でもよく見られる現象である。私たちの社会を考える上でも、この作品は見ておくべきだろう。
(文・柴田悠)
【作品情報】
『聖地には蜘蛛が巣を張る』
監督:アリ・アッバシ(『ボーダー 二つの世界』)
脚本:アリ・アッバシ、アフシン・カムラン・バーラミ
音楽:マルティン・ディルコフ
撮影:ナディム・カールセン
編集:ハイェデェ・サフィヤリ、オリヴィア・ニーアガート=ホルム
キャスト:メフディ・バジェスタニ、ザーラ・アミール・エブラヒミ他
原題:Holy Spider/2022年/デンマーク・ドイツ・スウェーデン・フランス/ペルシャ語/シネスコ
/5.1ch/118分/字幕翻訳:石田泰子/デンマーク王国大使館後援/映倫:R-15
©Profile Pictures / One Two Films
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