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原作と正反対のラストとは? 映画『ノック 終末の訪問者』の考察と評価。M・ナイト・シャマランの現在地【前編】

text by 冨塚亮平

世界の終わりと家族の死…。M・ナイト・シャマラン最新作『ノック 終末の訪問者』は、とある一家が迫られる究極の選択を描いた新感覚のスリラー映画だ。本作を論じつつ、シャマラン監督の魅力を丁寧に紐解くロングレビューを掲載。前編では撮影面から同監督の可能性の中心に迫る。(文・冨塚亮平)【あらすじ キャスト 考察 解説 評価】

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著者プロフィール:冨塚亮平

アメリカ文学/文化研究。神奈川大学外国語学部助教。『キネマ旬報』にて外国映画星取レビュー連載中。「ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ」プログラム、ユリイカ、図書新聞、新潮、精神看護、三田評論などに寄稿。共編著『『ドライブ・マイ・カー』論』(慶應大学出版会)、『少年と自転車』論を寄稿した『ダルデンヌ兄弟 社会をまなざす映画作家』(neoneo編集室)が発売中。

「われわれは世界の終わりを防ぐために来た」
テーマを織りなすトロッコ問題と黙示録

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ある日、フィラデルフィアの自宅から離れた湖畔の山小屋で休暇を過ごしていた家族、同性カップルのエリック(ジョナサン・グロフ)とアンドリュー(ベン・オルドリッジ)、8歳の養女ウェン(クリステン・キュイ)の元に、予期せぬ訪問者が訪れる。

それぞれ色違いのシャツをジーンズにタックインして怪しげな武器を持った、レナード(デイヴ・バウティスタ)に率いられた四人組は、「多くの人を救うために来ました」と告げ、はじめはドアをノックして中に入れてもらえるよう懇願するが、断られるとやがて小屋へと押し入り、一家に究極の選択を突きつける。

「われわれは世界の終わりを防ぐために来た。世界が終わるかどうかは君たちにかかっている。家族3人から、犠牲になるものを選んでくれ。辛い決断だが、選んだ者を殺さなくてはいけない。でなければ、70億を超える人間は、死滅する」。

現在公開中のM・ナイト・シャマラン監督最新作『ノック 終末の訪問者』は、あたかもトロッコ問題と黙示録をかけ合わせたかのような、この荒唐無稽な無理難題*1をめぐって進んでいく。

実のところ、映画の中心となるこの設定は、ポール・トレンブレイによる原作小説『終末の訪問者 Knock at The End of The World』(2018)からそのまま引き継がれたものである。

しかし、スティーヴ・デズモンドとマイケル・シャーマンが書き上げた初稿の脚本を引き継いだシャマランは、同じ問いに対するほとんど正反対の解答を導き出すことで、全く異なる結末をもつ問題含みのストーリーを完成させた。*2

本稿では、途中から物語の細部や結末にも触れながら、変わらないようで確実に変わり続けているシャマラン映画の現在地について改めて考えてみたい。

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