香港映画の新しい息吹
近年、中国政府の統制強化や社会変化を背景に香港からの移民が増大していることが話題になった。この映画でも、富裕層の国外脱出が示されている。
一方で、ザクとキャンディが抱く外への憧れも随所に描かれている。ザクの机には、宇宙飛行士の灰皿が置いてあり、一瞬それが強調される。裕福なマンションを清掃、消毒するシーンでは、キャンディが外に見える海をぼーっと眺めている。また、彼女は序盤、日本語の挨拶を、ザクにも娘にも多用する。
香港の閉塞感の外、あるいは苦しい状況の外へ出たいという欲求は、叶えられることはない。しかし、現状でなんとか生きていこうとする人々を、この映画は優しく見つめる。穏やかな照明や自然光は、二人や街の人たちを包みこむかのようだ。カメラは時折、窓越しからゆっくりと見守るように、ザクとキャンディを映し出す。
物語は、偶然に出会った二人が何度か困難に見舞われながらも、その関係性を深めていく過程を丁寧に描いている。困難な境遇だからこそ互いに歩み寄ること。登場人物たちの絆に微かな希望が感じられる。
本作には、派手なアクションもなければ、大きな事件が起こるわけでもない。登場人物たちは大きな成功をおさめもしないし、破滅もしない。しかし、この映画を観れば、香港映画の新しい息吹を確かに感じられるだろう。
(文・島 晃一)