ホーム » 投稿 » 海外映画 » 劇場公開作品 » 「世にも恐ろしい…」チリ発のストップモーション・アニメーション『オオカミの家』みうらじゅん、大竹伸朗らによるコメント到着 » Page 2

「目から快楽物質を摂取してるかのよう」
各界の著名人からコメントが到着!!

画家の大竹伸朗氏は「チリのヤバな2人組が御法度に踏み込んだ。結果、時間が別次元に流れ出し、とてつもなく恐ろしい世界が炙り出た。不世出なる不届者による極上の仕業に心底ヤラれた。」と絶賛、みうらじゅん氏は「必ずや、貴方のトラウマ映画になることだけは間違いありませんから!」とその強烈さを語り、漫画家の古屋兎丸氏は「これは凄い!刻々と変化するダークで幻想的な世界観は目から快楽物質を摂取してるかのようです。」と賛辞を送った。

伊藤潤二(漫画家)

今までに観た事のない映像に出会えました。アニメーションを超越して、画面の中に確かに存在する世界がありました。不思議な邪悪さに魅了され、作品の中に流れる時間が異次元に繋がっているような錯覚を覚えました。

大竹伸朗(画家)

「等身大」人形アニメ?何ダそれ??そもそも発想がそこに行かない、「等身大」など思わない。チリのヤバな2人組が御法度に踏み込んだ。結果、時間が別次元に流れ出し、とてつもなく恐ろしい世界が炙り出た。不世出なる不届者による極上の仕業に心底ヤラれた。

OSRIN(映像作家 / Art Director)

ここまでの映像芸術とは中々出会うことはない。頭から最後までひたすら圧巻の時間。途方もない、きめの細かさ。命を生き写した所業は心から憧れる姿勢そのものだった。

岸本誠(都市ボーイズ)

ストップ・モーションアニメという形態の作品の中でも異彩を放っている。ワンシーンが流れるように変異していく表現の数々はさながら悪夢の世界。二次元と三次元が交差する不気味な世界を初体験できるだろう。

鴻池朋子(アーティスト)

映像という静止画面の残像を脳が繋げて「動いている」と錯覚することと、人間の言語による洗脳という一種の錯覚のメカニズムが、作家のものづくりという遊びで巡り合ってしまった。映ってはいない二人の身体の痕跡が幽霊のように残像感を起こさせるのが脅威です!

中田クルミ(俳優)

子供の頃、強烈な高熱に魘されながら眠る夜に見た脳裏にこびりつく悪夢。幾つになっても断片的だが鮮明に思い出してしまうようなあの恐ろしい世界を目まぐるしく浴び続けるようなワンダーランド。強烈でおどろおどろしいストップモーションの世界に、身体が緊張し息をするのを忘れてしまうような時間が詰まっている。観終わってからも、心の中の”不安”の感情の部分を、生暖かくザラザラしたものでずうっと撫でられているようだ…

ひらのりょう(短編アニメーション作家/漫画家)

森の中の一軒家で繰り返される、崩壊と再生。蠢いては朽ち、また蠢く。そして、ゆっくりと、私たちの眼に、耳に、全身に張り付いて離れなくなる!!どんなテーマパークでも体験できない驚異のライドショウ鑑賞後の今も、彼らが頭の中を這いずり回っている。

古屋兎丸(漫画家)

これは凄い!刻々と変化するダークで幻想的な世界観は目から快楽物質を摂取してるかのようです。創作意欲が刺激される映像体験でした!!

みうらじゅん(イラストレーターなど)

本当は時間が空いたからプラっと入った映画館で、何の前知識もなく本作『オオカミの家』と『骨』を観ることが出来たなら、それがイチバン。当然、そのためにも僕のいらぬコメントも避けたいところだが、これだけは言わせて頂戴ね。必ずや、貴方のトラウマ映画になることだけは間違いありませんから!

山田遼志(アニメーション作家)

イカれた夢想は狂った現実に対抗する手段だとして、それを無自覚に選んでしまっていたとき、その悲劇を我々は知らなければいけない。狂った寓話は我々が自らを客観視するために必要だから。

山本さほ(漫画家)

悪夢のような映像の合間に差し込まれる美しい表現。もしヤン・シュヴァンクマイエルがいなくなっても、レオン&コシーニャがいれば安心、とまで思えるような作品でした。シュルレアリスムが好きな人に絶対見て欲しい!

1 2 3
error: Content is protected !!