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主人公の妄想を加速させる鏡と窓を駆使した演出に注目

監督を務めたマーティン・スコセッシ
監督を務めたマーティンスコセッシGetty Images

目を背けたくなるような凄惨な暴力描写を持ち味とする、マーティン・スコセッシ監督による5本目の長編劇映画。スコセッシ作品おなじみのナレーションを多用したスタイルで、ベトナム帰還兵である主人公・トラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)の心の闇をダイレクトに表現しつつ、不眠症患者であるトラヴィスの視点から、荒廃したニューヨークの街並み、モラルを欠いた人々の醜い振る舞いが、淡々と描写される。

スコセッシの作家的な資質、建国以来「唯一の敗北」とされるベトナム戦争の苦い記憶を濃厚に引きずったアメリカ社会の空気感、撮影当時33歳のロバート・デ・ニーロをはじめとするキャスト陣の一世一代のパフォーマンスなど、すべてのファクターが調和することで、作品全体の狂気的な雰囲気を形成している。その点で、本作は当時のアメリカ社会の歪(いびつ)なポートレイト(肖像画)でもある。

不眠症者のもうろうとした意識を表現したような作品の世界観は、鏡や窓を活かした演出によって描かれる。

具体例を見ていこう。タクシーのハンドルを握るトラヴィスが、客と会話をする際に視線を向けるのはバックミラーである。鏡であるからには、実物よりも歪んだ像が視界に定着するわけだが、トラヴィスの目には実像と虚像、現実と妄想の境界はハッキリしておらず、常にぼんやりしている。

また、トラヴィスが社会を観察するのは、排気ガスで汚れた車のフロントウィンドウ、サイドウィンドウを通してである。窓はフィルターの役割を果たし、「この社会は腐っている」というトラヴィスの強迫観念を強めることに寄与するだろう。

鏡はトラヴィスの仕事場であるタクシーの車内のみならず、自宅においても重要な役割を果たしている。「社会を救う」ために大統領候補暗殺を決意したトラヴィスは、鍛え上げた体を鏡の前にさらし、売人から入手した拳銃を構えて、1人悦に入る。のちに多くの映画で引用されることになる名シーンだが、重要な点は、トラヴィスが鏡に映る自分を英雄視し、自身の計画を正当化している点である。

鏡に向かって銃を構えるトラヴィス
鏡に向かって銃を構えるトラヴィスGetty Images

トラヴィスの自宅において、タクシーにおける窓の役割を果たすのは、ブラウン管テレビである。トラヴィスはテレビ画面を通じて、大統領候補の偽善に満ちたスピーチに触れ、彼への憎悪をたぎらせる。ここでも、対象をありのままではなく、“フィルターを通して見る”という行為が、トラヴィスの誇大妄想をドライブさせるきっかけとなっているのだ。

クライマックスの銃撃シーンは、作品が発表されて40年以上経つ現在から見ると、やや大げさで、野暮ったい印象を与える。しかし、鏡と窓を通して社会と触れ合うことで妄想を深めていく主人公を克明に描写する演出は、今持ってなお普遍的な輝きを放っている。

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