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スペインの巨匠vs天才女優ティルダ・スウィントン! 映画『ヒューマン・ボイス』は映画ならではの醍醐味がつまった珠玉の短編

text by 編集部
© El Deseo DA

フランスの芸術家・ジャン・コクトーの戯曲を、スペイン映画の巨匠・ペドロ・アルモドバルが映像化した『ヒューマン・ボイス』。アルモドバル初の英語作品としても注目を集める同作の見どころをご紹介。11月3日(木)公開の『パラレル・マザーズ』と合わせて、アルモドバルワールドに浸ってみてはいかがだろうか。

ペドロ・アルモドバル×ティルダ・スウィントン…巨匠VS天才女優の真剣勝負

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1人の女が、元恋人のスーツケースの横で、ただ時が過ぎるのを待っている。恋人は、結局姿を現さない。女の横には、主人に捨てられたことをまだ理解していない落ち着きのない犬がいる。スウィントン演じる女性は、5年間付き合った恋人に突然別れを告げられ、現実を受け入れることができない。女は部屋で男を待ち続け、やがて狂気的な行動に走る…。

劇作家、詩人、映画監督などマルチな才能で名を馳せた、フランスの芸術家・ジャン・コクトー(1889~1963)。そんな稀代の天才が1930年に発表した戯曲『人間の声』(1930)を原作とした本作は、ペドロ・アルモドバルによる初の英語作品であり、イギリス出身の女優・ティルダ・スウィントンと初めてタッグを組んだ、30分の短編作品である。

登場人物はティルダ・スウィントンのみ。電話の先にいる元恋人のセリフは聞こえず、2人の関係はもっぱらスウィントンの「声」によってほのめかされる。また中盤に至ると、主要な舞台となる彼女の部屋は、巨大な撮影スタジオに建てられたセットであることが種明かしされる。

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フィクションのお約束を打ち破る実験的な演出が浮き彫りにするのは、人形の家のような狭い空間に閉じ込められた主人公の閉塞感と孤独。また、役を演じるティルダ・スウィントンのむき出しになった演技そのもの。本作はコクトーの戯曲を現代風にアレンジしたフィクションであると同時に、役をその身に憑依させるスウィントンの、演じることをめぐるドキュメンタリーでもあるのだ。

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バレンシアガの赤いドレスを身にまとったスウィントンが、うす暗いスタジオを所在なさげに歩き回る姿をとらえたファーストカットは、まるで彼女が撮影所に迷い込んでしまったかのような印象を与える。スウィントンは椅子に腰かけ、虚ろな視線をさまよわせる。するとカットが変わり、彼女が身にまとう衣服は赤いドレスから漆黒のワンピースに様変わり。30分間の中で、スウィントンの衣装は目まぐるしく入れ替わり、豊かな色彩センスで観る者の目を楽しませる。と同時に、カット変わりで突然衣装がチェンジする大胆な演出によって、スウィントンを着せ替え人形のような存在にみせる。

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アルモドバルは本作を制作する上で、「観客が突然の衝撃を受けずに物語を追っていくための唯一の手引き」として、女優の「一貫性のある声」が必要だったと語る。その言葉を踏まえると、スウィントンをマリオネットのように映し出す大胆な演出は、彼女の震えるような、生々しい「声」を引き立たせるために必要なものだということがわかる。ビクトル・エリセ監督の名作『エル・スール』(1982)の撮影監督であるホセ・ルイス・アルカイネによる美しい映像に目を凝らすとともに、スウィントンの繊細な「声」に耳を研ぎ澄ませることで、観る者は想像力の羽を伸ばし、映っているもの以上の感情を受け取る。

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狂気と理性の間をさまよう女性の物語であり、天才女優・ティルダ・スウィントンが巨匠・アルモドバルとの真剣勝負に臨むドキュメンタリーでもある本作は、芸術とも娯楽ともつかない、曖昧なアイデンティティをもつ映画の醍醐味がたっぷり詰まった珠玉の短編である。

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