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赤ちゃんの取り違えをめぐり2人の母親が駆け引き! 巨匠・アルモドバル最新作『パラレル・マザーズ』は新たなる女性映画の傑作

text by 編集部
© Remotamente Films AIE El Deseo DASLU

『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)をはじめ、数々の女性映画の傑作で知られるペドロ・アルモドバル。その最新作にしてスペインを代表する女優・ペネロペ・クルスとタッグを組んだ映画『パラレル・マザーズ』が、11月3日(木)より劇場公開される。娯楽性と社会性を兼ねそなえた本作の魅力を深掘りレビュー。

2人の母親の運命が交わり、フィクションと現実がパラレルに描かれる意欲作

© Remotamente Films AIE El Deseo DASLU

ある日突然、愛する我が子が他人の子供だと判明したら? そしてその事実を知っているのが自分だけだとしたら?

スペインを代表する巨匠・ペドロ・アルモドバルと女優・ペネロペ・クルスが7度目となるタッグを組んだ本作は、「新生児の取り違え」をめぐり、2人の女性の運命が複雑に交錯するヒューマンサスペンスである。

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昨年のヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、見事、最優秀主演女優賞(ペネロペ・クルス)を獲得。「新生児の取り違え」というモチーフは、2013年の同映画祭で話題を集めた是枝裕和監督『そして父になる』と共通している。しかし、モチーフこそ共有してはいるものの、そこから導き出されるストーリーは対照的だ。

『そして父になる』で描かれるのは、「愛情深く育ててきた他人の息子を手放し、他人の家庭で育った実の息子を受け入れることができるのか?」という難問であり、板挟みになった父親の苦悩であった。一方『パラレル・マザーズ』が焦点を当てるのは、男性の力を借りず、女手一つで子供を育てようとする、2人のシングルマザーの姿だ。

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フォトグラファーのジャニス(ペネロペ・クルス)と17歳のアナ(ミレナ・スミット)は、出産を控えて入院した病院で出会い、同じ日に女の子を出産し、再会を誓い合って退院。自身と父親のどちらにも似ていないセシリアの容姿に違和感を覚えたジャニスは、DNA鑑定を依頼。鑑定結果を知らせるメールには「100%の確率でジャニスはセシリアの生物学的な母親ではない」と記されていた…。

上記の事実を知ったジャニスが直面する葛藤こそ、本文冒頭に記したアポリア(解決困難な問題)に他ならない。ある日突然、愛する我が子が他人の子供だと判明したら? そしてその事実を知っているのが自分だけだとしたら?

アルモドバルはジャニスの揺れ動く心情を、突き放すような客観視点で描写。観る者はジャニスがいかなる決断を下すのか、固唾を飲んで見守ることになる。

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サスペンス映画の神様、アルフレッド・ヒッチコックの大ファンであり、その方法論を意のままに操る巨匠・アルモドバルならではのスリリングな演出が堪能できるのも『パラレル・マザーズ』の大きな魅力だ。一方、本作はアカデミー外国語映画賞を受賞した名作『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)の系譜に連なる、監督のライフワークである「母の物語」でもある。

本作に先立ち「新生児の取り違え」をモチーフにした『そして父になる』との対比に話を戻そう。『そして父になる』で描かれる2つの家族には大きな経済格差があり、観る者は物語の背景にある日本社会の現実に思いを巡らせる。他方、『パラレル・マザーズ』において物語の背景をなすのは、1936年から1939年にかけて発生し、フランシスコ・フランコによる独裁政権が生まれるきっかけとなった「スペイン内戦」の血塗られた記憶である。

左派の共和国人民戦線政府とナショナリスト派(右派)が争ったスペイン内戦は、ドイツやイタリアをはじめとするヨーロッパ諸国をも巻き込んで過熱。右派に殺された市民の遺体は、フランコ軍によって共同墓地に埋葬され、スペインの黒歴史として、長きに渡りタブー同然の扱いを受けてきた。

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主人公・ジャニスの曽祖父もまた、内戦でフランコ軍によって命を奪われ、共同墓地に葬られた者の1人。『パラレル・マザーズ』では、共同墓地の発掘に奔走するジャニスの行動に寄り添うことで、歴史の闇に埋もれたスペイン内戦の犠牲者たちに光が当てられている。

「新生児の取り違え」をめぐるフィクションと「スペイン内戦」の痕跡をめぐる現実が、パラレル(並行的)に描かれる本作は、一見まとまりを欠いた印象を与えるかもしれない。しかし、悲劇から目を逸らさず、時に迷いを見せながらも、愛する者の幸せのために奮闘するジャニスの行動には首尾一貫した倫理があり、観客はそこに「母」の強さを見る。

© Remotamente Films AIE El Deseo DASLU

物語中盤には、ジャニスの本当の娘が亡くなっていることが明らかになる。それ以降、2人の母は時に傷つけ合いながらも、互いを労り、幼いセシリアの未来を思い合い、生後すぐに命を落とした亡き女児の記憶を共有することで結託する。アルモドバルは、フィクションと歴史的事実を織り交ぜることで、悲劇を糧にして生きる女性たちの力強い姿を鮮明に浮かび上がらせるのだ。

ペドロ・アルモドバルの集大成にして、新境地を告げる『パラレル・マザーズ』は、11/3(祝・木)ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ、新宿シネマカリテ他にて全国公開。女性映画の新たな傑作をどうか目に焼きつけてほしい。

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