ゼロ・グラビティ 音楽の寸評
宇宙では空気がないため音が伝わらず、聴こえるのは身体が感受した固体音だけである。本作は映像面のみならず、音響面でも宇宙空間を忠実に再現しており、ライアンとコワルスキーが宇宙望遠鏡の修理を行う序盤のシーンでは、ドリルで機体に釘を打ち込む際のくぐもった固体音がアクセントとなっており、観客の感覚をさりげなく登場人物の感覚に馴染ませる。
宇宙ゴミの到来によってライアンの身体が投げ出されてしまうシーンでは、ヘルメット越しにライアンの不安に満ちた顔を映していたカメラが、ヘルメットの中にするすると入り込み、彼女の主観視点に移行する驚異的な長回しショットがある。ここではカメラの移動に伴い、無音の状態から激しい呼吸音やノイジーな無線音へと、音響のあり方も客観から主観へ移行しており、手に汗握る効果を発揮している。
静寂を活かした音響表現が白眉の本作だが、サウンドトラックは出来合いのアクション映画を思わせる派手なものとなっており、未知の迫力に満ちた映像と音響表現に水を差している。《撮影》項目でも述べた、素晴らしい撮影技術が堪能できるラストカットで流れるのもまた、ありきたりなネイチャードキュメンタリーで使用されるような陳腐な音楽であり、映像がもたらす感動を減じている。
《主な使用楽曲》
ハンク・ウィリアムズ・ジュニア『Angels Are Hard To Find』