夫婦がうける凄絶な村八分
対立はエスカレートし、アントワーヌもシャン兄弟も、互いに憎悪を隠そうともせず、徐々に凶暴性を帯びていく。やがて陰湿極まりない“村八分”が始まる。そしてついには、シャン兄弟がアントワーヌを襲い、その命を狙う。
スペインの穏やかな田園風景をバックに、田舎暮らしの理想と現実を、残酷なまでに示しているが、程度の差こそあれ、“田舎暮らしブーム”が起きている、ここ日本でも田舎特有のコミュニティーに馴染めず、都会に舞い戻る例には暇がない。本作の邦題として採用された『理想郷』とは、最大級の皮肉であることを示しているのだ。
後半ターンはかくして“未亡人”となってしまったオルガを中心にストーリーが展開する。夫に手をかけた殺人者が近所に住んでいるにも関わらず、女手一つで農地を管理し、市場で売りさばく生活を続ける。ネタバレになるため、これ以上の記述はさけるが、後半も鋭い演出でドキリとさせられる瞬間が目白押しだ。
監督・脚本を務めたのは、ヴェネチア国際映画祭で高く評価された前作『おもかげ』(2019)でスペインの新たな才能として名を知らしめた、新鋭ロドリゴ・ソロゴイェン。
本作はスペインで2022年に公開され、独立系映画の興行収入1位を獲得し、世界中で50以上もの賞を獲得した注目作だ。鑑賞後は、これが実話だったことを思い出し、思わず戦慄するだろう。