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「啓示」としてのドールハウスー脚本の魅力

ピーター役のアレックス・ウルフ【Getty Images】
ピーター役のアレックスウルフGetty Images

本作は、アニーのアトリエからはじまる。カメラははじめ、木の上のツリーハウスを映した後、ゆっくりと振り返る。そして、卓上にあるアニーの家をモデルとしたドールハウスの、その中の2階のピーターの部屋にじっくり迫っていく。すると、ドールハウスのベッドにはピーターが寝ており、父親のスティーブが入ってくる―。虚実が入り混じった実に印象的なオープニングだ。

実はこのオープニングには元ネタがある。スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(1980)だ。作中では、「オーバールック(展望)ホテル」の管理人になった主人公ジャックが、館内で迷路のように入り組んだホテルの庭のミニチュア模型を見つける。そして、彼が真上から模型を「展望」すると、模型の中に手をつないで散策する妻と子どもの姿が表れる。

『シャイニング』のこのシーンは、ジャックが作品全体を俯瞰できる超越的な立ち位置にいることを表している。一方、『へレディタリー/継承』の場合、ドールハウスの作者であるアニーは、必ずしも作品全体を俯瞰できる位置にいるわけではない。むしろ病気に翻弄される彼女は、自身のトラウマを克服するためにドールハウスを作っている。

では、このドールハウスの意味は一体何を意味するのか。ここで考えるべきは、『ミッドサマー』のオープニングに登場する壁画だ。舞台となるホルガの村の神話をテーマとしたこの壁画では、主人公ダニーたちがホルガの村で経験する数々の「儀式」とその顛末がカリカチュアされて描かれている。つまり、この冒頭の壁画には、本作の全てが詰まっているのだ。

こういった展開は、『ボーはおそれている』にも登場する。同作では、事故に遭い、外科医ロジャーの家で目を覚ましたボーが、テレビのスイッチを入れると、自分のリアルタイムの姿が映っている。そして、そのまま試しに早送りをすると、映画の先の展開がどんどん再生される。

このように、アリ・アスターの作品の中には、物語全体を示した「啓示」が紛れ込ませられている。つまり『へレディタリー/継承』に登場するドールハウスは登場人物たちの「運命」そのものであり、とどのつまり「血縁」であり「家族」なのだ。

では、本作の地獄を「展望」する者とは一体だれなのか。これについては、画面に映ることはない。なぜなら見えない存在だからだ。つまり、本作を「展望」し、物語を駆動する者は、死者であるエレンであり、悪魔なのだ。

―そして、悪魔とは、とどのつまりアリ・アスター自身のことでもある。

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