心が侵食されそうな役に命懸けで挑む
2023年12月に公開された主演映画『市子』は、『アンメット』で抜群のコンビネーションを見せた杉咲と若葉の共演作。
杉咲が主人公の市子、若葉がその恋人・長谷川を演じている。だが、本作は相当に重たいテーマを扱っており、軽い気持ちで観始めるとかなり心をえぐられるだろう。冒頭に映し出されるのは、小さなアパートの一室で同棲する幸せなカップルの日常だ。けれど、長谷川からプロポーズを受けた翌日、市子は忽然と消えてしまう。
すぐに捜索願を出した長谷川が、刑事から告げられたのは「市子という女性は存在しない」という信じがたい言葉だった。それでも諦められず行方を追う中で、市子と関わった人々による複数の証言から彼女の壮絶な人生が浮かび上がってくる。
当初感じた、どこにでもいる素朴な女性という印象とは打って変わり、時折市子が見せる背徳的な表情にゾクッとさせられる。だが、それは彼女にとっての生きる術で、それを身につけなければ生きて来られなかった市子の人生を思い、観終わった後もしばらく余韻から抜け出すことができなかった。
今年3月公開の『52ヘルツのクジラたち』もまた、ヤングケアラーや虐待、DV、性的マイノリティーなど数多くの社会問題を織り交ぜたシリアスな内容だ。
特に主人公・三島貴瑚が辿る運命は、思わず目を背けたくなるほどに過酷で、演じる杉咲のメンタルが心配になるシーンが多々あった。
ともすれば心が侵食されそうな役に、杉咲はいつも命がけで挑んでいる。その気迫に満ちた芝居に私たちは心を揺さぶられるのだ。