1人の人間としてのナポレオン
なぜナポレオンは、軍人・政治家として成功を収めながら、戦争に身を投じ続けたのか。あるいは問いを次のように言い換えてもいい。なぜ英雄から冷酷非道な怪物に変貌したのか? 本作では妻・ジョゼフィーヌとの関係を丹念に描くことで、その問いに答えようとしている。
ジョゼフィーヌは「年上で離婚歴あり、さらに2人の連れ子がいる」と、周囲からの評価は芳しくない。しかし、彼女に対するナポレオンの愛は強く、周囲の反対を押し切って彼女との結婚に踏み切る。
また、ナポレオンは戦地でも常にジョゼフィーヌのことを想って熱烈な愛の手紙を送り、彼女との子を望む。しかし、ジョゼフィーヌは浮気性。さらに子供が作れない身体であることが判明し、2人の間には溝が広がっていく。
ナポレオンとジョゼフィーヌの奇妙な夫婦関係は続き、時には愛を囁き合い、時にはお互いを非難し罵り合う。また、ジョゼフィーヌはナポレオンに対し、「あなたは私なしでは何者でもない」と言い放ちながらも、浮気がバレて捨てられそうになると「私を捨てないで」と懇願するなど、ナポレオンを振り回すような描写がある。
ナポレオンとジョゼフィーヌの奇妙な夫婦関係を見ていると、もしかするとナポレオンは、「戦いに勝利し続ければ、ジョゼフィーヌから愛され、2人の間に子供が出来る」といった”奇跡”を信じていたのではないかと思えてくる。「悪魔」や「食人鬼」と呼ばれながらも、何かに憑りつかれたように戦いを繰り返すナポレオンを突き動かしていたのは、そうした不条理な信仰だったのではないか。
「なぜナポレオンは戦争に身を投じ続けたのか」という問いは、「なぜ今、ナポレオンの伝記映画を世に問うたのか」という別の問いにつながっていく。
本作で描かれるナポレオンの行動は、現実社会でウクライナ侵攻を行なっているロシアのプーチンを想起させる。
本作で描かれるナポレオンとプーチンは、あまりにも巨大かつ強力な権力を得てしまったこと、それを維持・拡大することに異常なほど強い執着を持っている点において共通点が見出せる。それに加えて、見逃せない両者の共通点は愛国心である。
ナポレオンはフランスに、プーチンはロシアに対し並々ならぬ愛国心を抱いており、また同時に愛国心を利用して国民を扇動しているように思われる。愛国心を利用した戦争は他国からすればたんなる侵略であり、自国民にも多くの戦死者を出していることから、決して肯定できるものではない。
本作はナポレオンのパーソナルな部分を鋭く描くとともに、侵略者としての醜い部分も描き込むことで、現実に向ける眼差しを鍛えてくれる側面がある。